2日目 12月19日 23:00 再会

 繁華街の西へ走り出して数分。


「はっ、はっ、はっ。」


 宛もなく走り続けるのは、精神的に疲れる。真っ白な息が空に浮かんでは消えた。

 靴がいつものランニングシューズでないためか違和感がぬぐえない。


 眩しいネオンとアルコールの臭い。千鳥足のサラリーマンにけばけばしい化粧をした女性。


 連続する光景に飽き飽きし始めた頃………


「いやっ!!放してっ!!」


 細い人気のない路地から、悲鳴が聞こえてきた。


 ◇◆◇


 路地に駆け込んだ僕が見たのは、手首を縛られた小柄な女性と、見覚えのある男……あれは、今田だ。


 涙目で必死に抵抗する彼女を見た瞬間、僕の何かが、大事な、越えてはならない何かが、キレた。


「今田ぁぁああ!!テメエ、なにやってんだぁぁあ!!」

「あん?並……木じゃねえな。誰だ?おま……」


 ごっ


 握りしめた拳で、今田の横っ面を殴り飛ばす。


 なるほど。殴る方も痛いんだ、というのは詭弁だとばかりに思っていたが、事実であるらしい。今田の頬骨を殴ってしまったため、中指がじくじくと痛む。


 だが、当然のことながら、殴られた本人の方が痛いらしい。


「ああああああ!?いってえな!!いきなり何しやがる!このキチガイが!!」


 今田は右頬を両手で押さえ、路地にうずくまり悲鳴混じりに僕を罵倒する。殴ったのがこんなクズでも、良心は痛むらしい。


 チクリと傷んだ胸を、まだ今田を殴ったときの生暖かい感触の残る右手で押さえ、僕は、左手で襲われかけていた女性の手を引く。


「走れる?」


 僕は女性にそう聞く。女性は、はっとしたように首をたてにかくかくと振った。


 そして、僕と女性は夜の街を走り去る……




「うわぁぁぁああああああ?!?!なんだ?!お前?!」




 ……ことはできなかった。

 今田の凄まじい悲鳴に振り返ると、通路の奥。そこには、忘れることもできない姿があった。つい、昨日見たあの姿だ。


 真っ黒なトレンチコート。血まみれの斧。どす黒くなった返り血を浴びた『笑顔』の仮面。


 あいつだ。


 あの、男だ。


「ヒッ!!冗談だろ!!」


 僕は、思わず引きつった声を上げ、女性の腕を全力で引っ張る。


 この場にいてはいけない。


 ここに残ってはいけない。


 駆け出す。コンクリートを蹴る。アスファルトを踏みしめる。


 そのとき。



「待て!助けて、助けてくれよ!」




 並木の、懇願するような声。


__随分、都合のいいことを。


 そう思ったが、僕の体は、勝手に動いていた。女性の腕を離し、右腕で並木の襟首を掴み、引く。


 顔を上げた時に、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、奴の姿が目に入った。



 斧を持っていない左手の人差し指、中指、薬指をたて、奴は仮面の下から笑い声を上げている。


 意図が掴めない。理解できない。


 なぜすぐにでも斧を振り下ろさない?

 なぜあざ笑う?

 なぜその仕草を?


 だが、冷静に考えるような余裕は心にも、体にも、ない。


「ヒャハハハハハハハハハハハハ!!!」


 耳障りで、生理的に受け付けられない、奴の笑い声が背後から聞こえてきた。

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