2日目 12月19日 8:00 病室

 断ることを覚えておけばよかった。

 人に流されず、自分の意思で断る方法を。


 だって、そうだろ?


 このときには、まだあの悪魔から逃げ出すチャンスはあったのだから。

________________________________________________________


 気がつくと、僕は病院にいた。


 真っ白いベッドのシーツから体を引きずり出せば、先日の悪夢のような記憶が瞬時によみがえった。


 鉄の臭い。

 動けなくなった足の、痺れるような感覚。

 そして、血肉の海の上で高らかに、狂ったように笑うあの仮面を着けた男。


 「っ!!」


 恐怖から、一瞬で足の力が抜け、僕はその場にへたりこんだ。


 _______は、一体何だったのだ?


 生きている喜びを噛み締めながら、僕はへたりこんだまま看護士さんが来るのを待った。


 ◇◆◇


 結局、僕の怪我は校門を背面飛びで着地した時にできた、顔の擦り傷だけだった。


 この年にもなって顔に擦り傷を作るのは、どこか恥ずかしい気もするが、まあ、仕方がないだろう。足に怪我がなかった訳だし、特に問題はないはずだ。


 _______一つ授業を受けることができなかったけれども、さすがに欠課扱いにはならないよな……?


 そんなことを思いながら、僕は病院から出て、大学へと向かった。




……大学が休みになっていたことに気がつかず。


 ◇◆◇


「あれ?誰もいない?」


 講義室に入り、僕は思わずそう呟いた。慌てて携帯電話のロックを外してみれば、どうやら今日は完全休講となったらしい。


 ……近所で猟奇的殺人事件が起きれば、そりゃそうなるか。


 僕はため息を一つついて、メールを開いていく。


 迷惑メール、迷惑メール、迷惑メール、バイト先からのメール、迷惑メール、迷惑メール、迷惑メール。


 大量に届く迷惑メールを全て削除して、無料通話アプリを開く。


 こちらには大量のメッセージが届いていた。


 部活動……こんな日に朝練をやったのか……。

 心配する先輩方に、僕はメッセージを打ち込む。



佐々木:僕は無事です。怪我も顔に擦り傷を作っただけでしたので、即日退院しました。ご心配をおかけしました。



 すると、即座に既読がつき、メッセージが打ち込まれる。

 送ってきたのは、三島だった。



三島:良かった!怪我は擦り傷だけだったんだな。



 その後、次々と『お大事に』と書かれたスタンプが貼られ、僕は思わず口元に笑みを浮かべた。

 部活動仲間の優しさが、ささくれだった心に潤いを与える。


 次に開いたのは、クラスのグループ。


 どうやら今日、飲み会があるらしい。……まだ未成年の人もいるのに、なぜ居酒屋が集合場所になっているのだろうか。


 僕はそっと見なかったことにした。


 今日は、アルバイトもない。家に帰って自主トレだけしよう。ああ、あとレポートも書かないと。


 ちらりちらりと頭に蘇る光景昨日の惨状を記憶の端へ押しやり、僕は無理やり笑顔を浮かべる。


 もう、悪夢から目覚めたんだ。


 だから、大丈夫だ。帰ろう。いつもどうりに。

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