1日目 12月18日 8:00 日常

_______満月というよりも、ラグビーボールのような月が浮かぶ今日この日。


 僕は、に遭遇した。

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12月18日 6:54


『今朝、弥生駅の公衆トイレで、女性の切断遺体が発見されました。現場付近からは女性の物と思われる所持品などが散乱しており……』


 充電器にさしっぱなしのスマホから、朝食のイチゴジャムパンが食べにくくなるようなニュースが漏れ出す。


 僕、佐々木ささき 直人なおとは深くため息をついて、スマホのテレビチャンネルを替えた。


 次に薄っぺらい画面に写ったのは、いまひとつ笑いどころの掴めない一発ギャグをするピン芸人だった。きっとこの人も、半年もすればブームは消え去り、テレビで見かけることはなくなるのだろう。


 まったく、儚い世の中だ。


 パンと生野菜のサラダ、目玉焼きを口の中に詰め込んでもぎゅもぎゅと噛みながら、僕は携帯電話を充電器ごとテーブルの上に引っ張った。


 そして、テレビ画面からエクセルの画面に切り替え、今日の食事のメニューを書き込んで保存ボタンをおす。


 僕の、いつもの日課だ。


 書き込みを終えた後は、携帯電話を机の上に放り出して、空っぽになった一人分の食器をささっと洗い、大学へ行く準備を始める。


 持っていくものは、教科書数冊と授業用のノートが三冊、筆箱。

 後はいつも通り、部活用のノートと、財布に学生証、新しいタオルとテーピング。寒い時期ではあるが、激しい運動をする以上水筒は忘れられない。膝のサポーターは今つけてしまおう。


 服を着替えて荷物を適当にリュックサックに詰めていき、このボロアパートの鍵を掴んだところで、忘れてはならない物に気がつく。


「おっと、これもだ。」


 つかんだのは、陸上競技用のランニングシューズの入った、有名スポーツメーカーのロゴの入った靴袋。


 黒地に白のロゴの入ったランニングシューズは、僕にとって、命と足の次に大事なものだ。


 土をしっかりと落としたランニングシューズを確認してから、僕は1LDKのアパートの扉に手をかける。


「行ってきます。」


 誰もいない部屋に挨拶をしてから、錆び付いたドアノブをガチャガチャといじくり回し、ようやく鍵を閉めた。


_______相変わらず、立て付けの悪いドアだな。


 ささくれだった年期の入った木製の扉に少々悪態をつき、それなりに小綺麗な僕の部屋を後に、歩いて五分、走れば多分1分の文月駅へと向かう。


 これから、陸上部の朝練だ。


 ◇◆◇


 グラウンドの五百メートルトラックを十周してから、僕は12月の肺がいたくなるほど冷たい空気を一杯に吸い込んだ。


 一通りメニューを終えた僕は、だだっ広いグラウンドのすみにあるベンチに寄り、既に汗でひんやりと冷たいタオルを掴む。


 一息つこうとした僕に、身長180近い(むかつくほど)イケメンが近づいてくる。


「佐々木、お疲れ。」


 イケメンはにっと歯を見せて笑い、僕に話しかけてくる。


「おう、三島みしま。お前もメニュー、終わったのか?」

「ああ。タイム、どうだった?」

「いい感じ。調子良いし、今日なら300の自己新を出せる気がする。」

「調子良いな!」


 三島は、笑って僕の頭をポンポンと撫でる。

 ぞわっとした僕は、思わず身を屈めて三島から距離を取る。


「止めろよ!気色悪い!」

「はははっ、弟と同じくらいのお前が悪い!」


 三島は笑って僕をからかう。


 悔しいことに、僕の身長は19歳であるにも関わらず167と168をいったり来たりしている。170になったことがない。


「うるせえ!僕は日本人の平均身長よりも4センチ低いだけだ!お前ん家が高身長なだけだっての!」

「4センチは大分違うだろ!」


 三島は腹を抱えて大爆笑する。


 汗まみれのタオルをベンチに戻し、靴紐を結び直す。部活は、ここからが本番だ。


 


 僕は、知らなかった。


 日常が、これほどまで暖かく、優しく、失いたくないものであることを。


 僕は、まだ、知らなかった。

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