第26話 クリスマスの災難 2
到着したのは、たくさんの人で賑わうショッピングモールだった。
円は近所のスーパーマーケットで構わなかったのだが、陸が断固として拒否したのだ。
「せっかくのクリスマスデートなんだし、何かお互いにプレゼントを贈りあおうよ。スーパーだと品物に限りがあるし」
「だからデートじゃないし」
うんざりしつつ、モールの中央にそびえ立つ純白のクリスマスツリーには圧倒される。
吹き抜けとなった空間に飾られているのは、十メートル以上ありそうなもみの木だ。
青と赤に統一されたオーナメントと、虹色に輝く雪の結晶。
LEDライトの数もふんだんで、上階をグルリと囲う半透明のフェンスから見下ろす家族連れらももれなく笑顔になっていた。
幸せそのものといった光景の一部になっていることに、違和感が湧く。
同じような顔を貼り付けて笑う彼らも、腹の底では何を考えているか分からない。
はしゃぐ子どもを優しい眼差しで見守る家族も、寄り添い合う恋人同士も。
全てさらけ出しているはずはないのに、今だけはこうして隣にいて、笑い合っている。
白々しい気持ちにならないのだろうか。
「円さん?」
冷めた目で眺めていると、陸が長身を屈めて覗き込んだ。彼には、こういった優しい景色がよく似合う。
ーー異分子なのは、私の方か。
必死に周囲に溶け込もうとしている自分が、ひどく滑稽で嘲笑いたくなる。
当然のごとく近付いてくる陸から距離を置いた。彼が訝しげに口を開いた時、聞き覚えのある声が円を呼ぶ。
「あ、円じゃない」
無邪気に『円ちゃん』と呼んでいた頃の面影はすっかり薄れているが、むしろこちらの方が彼女にはしっくりくる。
近付いて来たのはクリスマスらしく華やかに装った葉月だった。いつものごとく大量の取り巻き達を引き連れている。
ある意味、幸せな光景とは一線を画した集団となっていた。
「葉月……せめて一人に絞れば?」
真っ白なファーコートに身を包む彼女は、まるで使用人にかしずかれる女王のようだった。円はつい忠告をせずにいられない。
けれど葉月は、むしろ笑顔を輝かせながら長い髪を背中に払った。
「私が一人を選べば、誰かが悲しむでしょ」
「理論が完全に女王……」
「当たらずとも遠からずじゃない」
確かに、前世が王女であったためだろうか、恭しく扱われる姿に恐ろしいほど違和感がない。
取り巻きの男達も幸せそうに頷いているのだからどうしようもなかった。
「それで? 女王様は何でここに?」
葉月は学園の最寄りに住んでいたはずだ。
わざわざショッピングモールでなくとも、近所にレジャー施設はあっただろう。
円の疑問に、彼女はますます胸を反らす。
「プレゼントを買ってもらうために決まってるじゃない。ショッピングモールなら何でもあるし、都合がいいでしょ?」
確かにここは、近辺で最も大きな商業施設だが。とんでもなく高慢な理由に、もはや乾いた笑みしか出てこない。
関わるまいとこっそり一歩下がると、その肩を背後から叩かれた。
「こんなところで偶然だね、円」
「ーーかんな。それに志郎まで」
冬期休暇中の再会に、友人であるかんなは嬉しそうだ。
中性的な美貌に麗しい笑みを浮かべていて、思わず拝んでしまいそうになる。
微笑むかんなの後ろには、無視できないほど上背のある志郎が立っていた。いつも通りの無表情だが喜びも露わに尻尾を振っているように見える。
特に派手な格好をしているわけではないのに、彼らは人目を惹いた。
陸や葉月もいるためちょっとした人だかりができつつある。本気でクリスマスらしい光景はどこに。
どいつもこいつも、先ほどまでの円の感傷なんて粉々にしてくれるものだ。
「かんな達にまで会うと思わなかったわ」
「本当に。聖夜の奇跡かもしれないね?」
サラリと甘い台詞を吐かれ、頬が引きつる。円よりも、周囲の方々に甚大な被害だ。
「プレゼントを買うために来たんだけど、ここまで足を伸ばした甲斐があったよ」
彼女の言葉に、円は目を瞬かせた。
「プレゼントって、もしかしてお互いに?」
クリスマスであるわけだから、もしやそういった関係なのだろうか。
確かに二人でいる場面は多々見てきたけれど、付き合っているのではと考えたことはなかった。彼らは親密だが、どこかドライな印象なのだ。
意外な心地でいると、困ったように笑うかんなが緩く首を振った。
「そんなわけないでしょう。うちと志郎の母親に、だよ。姉妹仲がよくて、今日も一緒に過ごす予定になっていてね」
「姉妹?」
「言ってなかったかな? 私達、従兄弟同士なんだよ」
「従兄弟……」
初耳だったのは円だけのようで、陸も葉月も特に驚いた様子はなかった。
陸はともかく葉月はかんなと親交などないので、もしかしたら生徒会追っかけ時代の知識かもしれない。はたまた学園内では有名な話なのか。
「知らなかった。けど、言われてみれば似てるところがあるような気がしなくもないわ」
「それ、つまり似てないってことでしょ」
「似てるわよ。とんでもなく美形ってとこ」
「……円、俺達のこと、綺麗な顔だと、思ってたのか」
寡黙な志郎が、そこで不意に口を挟んだ。
何を今さらと首を傾げながらも、円は長身の彼と視線を合わせる。
「そりゃあね。ていうか、百人中百人がそう感じると思うけど」
「でも、円は、俺達を特別視しない」
「顔がいいだけなら家族で見慣れてるし、何も危険人物じゃあるまいしね」
色めき立つなり遠巻きにするのが普通なのかもしれないが、まともな会話が成立するだけで素晴らしいことだと思ってしまう。
前世で身近にいた魔族達は、顔だけなら恐ろしく整っていたが、性格に難のある者ばかりだった。
凶暴だったり、人の話を聞かなかったり。
魔族の特性なので仕方ないと言われればそれまでだが、快楽主義や戦闘狂などろくでもない性質の者達と過ごしていたためか、大切なのは中身だと知っているつもりだ。
志郎が、ほんの少しだけ目を細めた。
「円が、そうだから。一緒にいると、とても落ち着く」
全力で喜びを表現していると分かるから、大型犬に懐かれているようで円としても悪い気はしない。学園では他の生徒達の目が気になってしまうけれど、今は無理に取り繕うこともないだろう。
素直に笑みを返そうとしたところで、なぜか義弟の背中が立ち塞がった。
「……ちょっと? あんた、何の権限があって邪魔するわけ?」
「何の権限もないけど、円さんの名前を僕以外の誰かが呼ぶなんて、嫌なんだ」
下手な言いわけをしない分、清々しささえ感じるほど欲望に忠実だ。
呆れすぎて二の句が継げずにいると、また新たな声が割り込んできた。
「うげっ! お前ら、こんな日にまで姉弟で行動してんのかよ!?」
不本意だが聞き慣れた声は、同じクラスの大雅のもの。前世では陸の仲間で、その暑苦しさを円は苦手としていた。
「その言葉、そっくりそのまま返すけど」
彼の背後には幼馴染みの優心がいる。繊細な容貌の美形だが、熱心な博愛主義者でありナルシスト。つまり若干の変人だ。
「何だと!? お前ケンカ売ってんのか、」
「何と、皆さんお揃いではありませんか! 前世からの絆は、僕達を聖夜に出会わせてしまうほど別ちがたいものなのですね! 僕は感動しました!」
いつものごとく歌うように感動している優心には、大雅も怒りが削がれるようだ。出鼻をくじかれた様子で閉口している。
「……で? あんた達は何してるのよ?」
彼らもこの辺りが地元のため、出没すること自体は不自然じゃない。住宅街なのでこのショッピングモールくらいしか遊べる空間がないのだ。
「暇なの? それともデートなの?」
「んなわけないだろうが! 幼馴染みなのに未だにこいつが何言ってるのか半分も分かんねぇんだぞ!?」
「半分は分かるんだ。二人とも綺麗な顔してるから、一部の女子は喜ぶと思うけどね」
「顔は関係ねぇだろ、大事なのは心だ。本気で好きでもないのに適当に付き合うとか不誠実だろうが」
また暑苦しいことを言い始めた熱血漢に、円は葉月を視線で示した。
「あんたの言う不誠実って、あんな感じ?」
「あれはもう不誠実なんてレベルじゃないな。囲う方も囲われる方も、どっちも頭がおかしくないと成立しねぇはずだ」
「はあ? 目の前で悪口やめてくれる?」
物凄い真顔になって切って捨てる大雅に、反論したのは葉月本人だ。
「私達はね、お互い納得した上で一緒にいるの。他人にとやかく言われる筋合いないし」
「陸を諦めた途端に男はべらすようになって、そっちが見苦しいせいだっての」
「なっ……! 私は陸君を諦めたんじゃないの! 円への執着があまりに常軌を逸してるから、幻滅したの!」
「それは俺も認めるけどな、それと男はべらすのは別問題だろ!?」
常軌を逸した執着をされている円を置き去りに、両者の口論はヒートアップしていく。
そういえば、勇者パーティの中でも彼らはギスギスしていた。勇者にしか関心のない王女と、輪を乱す彼女を毛嫌いする拳闘士。
遠い前世を懐かしんでいると、いつの間にかゲームセンターの対戦ゲームで決着をつける、という話になっていた。
「こうなったら、どっちが正しいか証明してやろうじゃねぇか!」
「望むところよ! あんたなんかボコボコの返り討ちにしてやるわ!」
何というか、テンプレのような会話だ。現実世界で聞くことになるとは思わなかった。
周りなど見えない様子で突き進んで行く二人に遅れ、かんなが動いた。
「……やれやれ。白熱したら周りの迷惑なんて考えないだろうし、ここは見張っておいた方が無難か」
葉月の取り巻き軍団だけでなく、志郎と優心もついていく。
疲れた表情のかんなは、なぜか同じく歩き出そうとする円を押し止めた。
「あぁ、円はいいよ」
「へ。何でよ?」
「何でって、せっかくのデートを邪魔するなんて無粋な真似はできないよ」
だからデートではないし、なぜ義理の姉弟であることを誰も突っ込まないのか。
「あ、忘れてた」
突っ込みが追い付かず絶句している円を、友人達が揃って振り返った。
「メリークリスマス!」
異口同音、彼らは定番の台詞を口にして去っていく。円は何も返せず見送った。
知らぬ間にできていた人だかりが、ゆっくりと散開していく。目立つ容貌の彼らはどこにいても注目されるが円は一般人だ。
しばらくぼんやりしていた円は、そうして一人になってから気付いた。
「……あれ? 陸?」
隣にいたはずの義弟が、姿を消していた。
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