第6話 馴染めない

 周囲を置き去りにして、美少年は陶然とした表情で語り続ける。

「あなた方が家族になったと聞いて少し心配でしたが、どうやら僕が間違っていたようです。例えどんな因縁があっても、愛の前には敵わない。お二人の固い絆に、僕は心から感動しました!」

「いや愛とか一切ないんだけど」

「謙遜などなさらず、この善き日を讃えようではありませんか! 我々はこの大地に、愛を知るため生まれてきたのですから!」

「マジでもう何言ってんの……」

 何でも脳内変換で美化してしまう彼が、円は前世から苦手だった。

 晴れ渡った青空を見れば歌い出し、道端の花に話しかけ、沈む夕陽に涙する。

 ラティカが魔族側の人間じゃなかったとしても、絶対に分かり合えなかったと思う。

「このノリ、まさか……」

「フフフ。たぶん想像通りだよ。彼とは今世では、幼馴染みみたいなものなんだ。円さんを驚かせたくて、ずっと内緒にしてたんだ」

 前世の彼は清水のような髪と、穢れなき青玉の瞳を持つ青年だった。

 魔王討伐という過酷な旅の道中にあっても、心を揺さぶるものがあれば全力で讃え始める変わり者。

「って、ホントにあのド天然治癒師……?」

「正解。シリウスはこちらでは、長谷川優心というんだよ。高校に上がっても、僕と同じA組みたい」

 シリウスは理解できない人種だが、治癒師としての実力は確かだった。

 彼の回復魔法の早さは一級品で、何度も煮え湯を飲まされた。

 勇者一行の中でも、特にルイスと親しくしていた人物という印象が残っている。そしてそこには、いつももう一人の存在があった。

「あいつも今、ちょうど下にいるわよ。ムカつく拳闘士」

 金髪の軽薄な外見を視界に入れたくなくて、顎で指し示す。彼とは特に衝突が多く、シリウスとは別の意味で敬遠していた。

 窓の外を確認すると、陸はすぐに理解を示した。

「あぁ、大雅だね。あいつも一つ上だけど、幼馴染みなんだ」

 書記に就いているという、泉大雅。

 明るい金髪も容貌も全く変わらないため、すぐに気が付いた。

 メイズ。前世では拳闘士だった男。

 正義感が強く暑苦しい彼とは、事あるごとにいがみ合っていた。

 ルイスの博愛精神も大嫌いだったけれど、彼は決して押し付けがましくなかった。その点だけで言えば、メイズよりは好感を持てるかもしれない。

 メイズは、主義主張を声高に発信するタイプの男だった。それがいつもラティカと衝突する原因になっていたのだ。

「何で大嫌いな人間共に、ここまで遭遇しなきゃいけないのよ……」

「こんなに前世の関係者ばかりが揃うなんて、何だか面白いよね」

「ひたすら気持ち悪いとしか思えないんだけど。何この学校早速転校したい」

 何だろう、この敵地に単身乗り込んでしまった感。やたらと心臓に悪い。

 そこまで考えて、円はハッと口を噤んだ。葉月がいたことを失念し、陸と不用意な会話をしてしまった。

 話の内容もさることながら、姉弟であることを知られるのは都合が悪い。

「一之瀬さん。悪いんだけど私とこの男が知り合いってことは――」

 だが、口止めをしなければと振り向いた先、葉月の姿は忽然と消えていた。

「あれ? さっきまでここに……」

「誰か一緒にいたの?」

 陸が不思議そうに首を傾げている。

 反応から、葉月は早い段階で消えていたことが分かる。

 あれほど生徒会に詳しかったから、てっきり陸にも反応すると思っていた。目立つ容貌に色めき立ってもおかしくないのに。

 ――もしかしすると、前世での繋がりが?

 だとすると、陸を避ける理由にもそれなりに説明がつくかもしれない。円のようにルイスと相容れない関係だったならば、避けたくもなるだろう。

 そういえば、距離感が近い人間は苦手なはずなのに、葉月にはそれほど嫌悪感を覚えなかった。案外、魔族側なのかもしれない。

 そう考えながら何となく階下に視線を向けると、生徒会の面々と群れなす女子の大群が、中庭を通過し終えるところだった。

 その際、生徒会長の赤羽颯哉が、最後にもう一度こちらを見上げた気がした。

 ほんの一瞬のことだったが、思わず陸と二人黙り込む。絶え間なく続く優心の賛辞がひどく寒々しかった。

「……知り合い?」

 陸がこぼした疑問に、円も首を傾げた。

「心当たりはないんだけど……あの男も前世の関係かしら?」

 こうなると、どいつもこいつも転生してこの学園にいるのではと勘繰ってしまう。初対面の男に意味ありげな流し目を送られるほど、円は目立った外見じゃないのだ。

 しばらく中庭に視線を送っていた陸が、固い表情のまま円を見た。

 彼に厳しい眼差しを向けられたのは、今世で初めてかもしれない。円にはいつも穏やかな一面だけを見せていたのだと思い知る。

「……何だか、ひどく嫌な予感がする。あの人には気を付けた方がいい」

 ピリッとした気配につられ、円の表情にも鋭いものが宿った。忠告に隠された真意を無意識に探ってしまう。

 陸はふと緊張を緩めると、地球規模の賛美を始めていた優心の肩を苦笑ぎみに叩いた。

「行こうか。さすがにそろそろ戻らないと、入学式が始まってしまう」

 円まで促されているのを察し、ぐっと眉間にシワを寄せる。

「在校生は、始業式から参加すればいいはずだけど」

「紫峰学園では、在校生の参加は自由になってるんだ。毎年ほとんどの人が参加してるよ。円さんも当然そうだろうと、両親は思ってるだろうね」

「……あんた、あの人達を盾にすれば、私を従えられると思ってるでしょ」

 負け惜しみをぶつけてみても、平然と歩き出す陸はついて行くことを疑いもしないのだろう。どれだけ腹を立てても、円に両親の期待が裏切れないことを理解している。

 やはり、彼に気を許すべきではない。

 前を歩く背中を見据え、円は剣呑に目を細めた。



『――萌え出づる新緑が春の訪れを告げる今日の善き日、私達は無事、この誉れ高い紫峰学園の高等部に進学することができました』

 壇上の生徒が、朗々と代表挨拶を述べる。

 そのたびに上がる声援に、円はすっかり辟易していた。

 先ほどの陸の言葉に偽りはなかったようで、確かに在校生のほとんどが入学式に参加しているようだった。

 けれど来賓席とは別れているため、両親が円の不在に気付くことはなかっただろう。

 講堂はただの入学式とは思えないような、異様な熱気に包まれていた。まるでライブ会場のようだ。

『私達は、互いを理解し合い、実りの多い学生生活にしていきたいと思います』

 そしてこの気味の悪い式の渦中にいるのが、何と義弟の陸なのだった。

 両親が晴れ姿だ何だと大げさに騒いでいたのは、彼が新入生代表に選ばれたから。

 講堂内は撮影禁止のため、彼らは今息子の勇姿を記憶に焼き付ける作業で必死だろう。

 柔らかそうな茶髪は日に透けて金色にも見える。整った顔に差す陰影は、侵しがたいほど神秘的な雰囲気を作り出していた。

 衆目の前に晒されても気後れすることなく、穏やかな口調には淀みがない。

 容貌の美しさもさることながら、内面の豊かさをそのまま反映しているようだった。

 首席合格でなければ代表には選ばれないので、彼の優秀さは誰もが知るところだろう。褒めるのは癪だが騒がれるのも分かる。

『慣れないことも多いと思いますが、何事にも積極的に向き合い、仲間同士、強い絆で乗り越えていきたいと思います。学園長をはじめ、先生方、先輩方、そして来賓の皆様、これからも温かいご指導よろしくお願い致します。私達新入生一同は、紫峰学園の生徒として誇りを持ち、責任ある行動がとれるよう切磋琢磨していきます。四月六日、新入生代表藍原陸』

 挨拶を終え、陸が礼をする。流麗な所作の一つひとつにあちこちから歓声が漏れた。

 とりあえず、見ているだけで胸焼けするような入学式は終わった。

 けれどその流れで始まった始業式など、さらなる苦行でしかなかった。

 学園長の挨拶や新しく赴任した教師の紹介のあと、生徒会の挨拶があったのだ。

 葉月から聞いていた通り、彼らの人気ぶりは凄まじかった。

 颯哉や大雅の名前が連呼されすぎて、耳鳴りのように頭に響く。おかげで現生徒会の役員四人の名前を、完璧に覚えてしまった。

 副会長を務める女子は、佐屋月かんなというらしい。男子生徒用の制服を着ているため、当初は男子と勘違いしていた。

 だが中性的な美貌が微笑んだ時、なぜかバタバタと失神者続出。

 騒ぐ人数の多さは颯哉が圧倒的だが、情熱というか入れ込み具合は、彼の人気をも凌ぐのではないだろうか。

 会計の外乃坂志郎も武骨な雰囲気だが、とても背が高く精捍な顔立ちをしている。

 本当に、全女子の視線を集めるのも当然な美形集団だった。

 ――どうでもいいけど何、このノリ……。

 貧血ならともかく、そこかしこでバタバタ人が倒れる始業式って。

 この学園の在り方に、円はどうにも馴染めそうになかった。

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