professional ~管理社会の典型モデル~

突然だが、皆さんはpsycho-passというアニメをご存知だろうか?psycho-passという媒体によって個人が徹底的に管理され、個人のアイデンティティそのものが、psycho-passによって可視化された情報のみに依拠せざるを得なくなった、ディストピア的管理社会について、極めて鋭い考察を行っているアニメだ。実際に、彼らの同一性、つまり彼ら自身を規定する要素となるものは、psycho-passによって観測された犯罪係数(その人間が犯罪行為を行う潜在的可能性)、色相(犯罪係数を色によって可視化したもの)といったように、管理化(authorized)された情報のみである。

彼らはpsyco-passの判断基準を絶対的な尺度としており、そのpsyco-passが判断不能となるケース(免罪体質)が存在することを知らなかった。したがって、本来ならば犯罪者と断定できる人間がpsyco-passによって判別できないので、彼は次々に民間人を殺害していくことになる。

中でも、管理化された情報によって判断することのできない個人の存在が、管理社会に対して極めて痛烈な打撃を与え、社会の中枢を麻痺させる描写がされていたのが印象的だった。

結局何が言いたいのかというと、このような恐ろしい管理社会のモデルケースが、「他者的な目標」の「遵守(observance)」によって成立する可能性があるということである。

ここでは「管理社会(a controlled society)」を、「ある特定の存在が、大多数の人間を管理(controll)する社会」と定義する。

このように定義すると、ミシェル・フーコーの述べている「パノプティコン」を「管理社会」モデルとし、「他者的な目標の遵守」を「自己従属主体化」の概念の同一項として、挙げることも適切であると考える。実は、psyco-passの作中においても、登場人物が、パノプティコンの例を取りあげて、管理社会を風刺している。

パノプティコンとは、看守の居る展望台を中心とし、その周りを取り囲むように円形に囚人が配置されている監獄を指す。

看守側からは一方的に、囚人が今何をしているのか監視することができるが、囚人側からは、看守がどの方向を向いているのか、確かめることができない構造になっている。

つまり、「大多数の人間(囚人)をある特定の存在(看守)が管理する社会」となり、「パノプティコン」は「管理社会」の定義を満たすこととなる。

また、囚人はいつ監視されているか分からないので、常に、模範囚でいることを強制される。模範囚として適切な行動、言動を常に意識する。この動きのことを「自己従属主体化」と呼ぶ。また、この自己従属主体化を行わなければ、どのような制裁が加えられるか分からないので、囚人は、これを「遵守」することを強制される。

これは「看守という他者による、模範囚でいなければならないことの強制(遵守=制裁の回避)」ということであり、「他者的な目標の遵守」の同一項と定めることができる。したがって、「他者的な目標」の「遵守(制裁の回避)」によって、「管理社会」が成立する可能性があることを示唆している。

ここで論を整理しておくと、「職業的」←「身体的な犠牲」←「他者的な目標」→「自己従属主体化(制裁の回避)」→「管理社会の成立可能性」というように図式化できる。

しかし、「自己従属主体化」の問題とすべき点は、別のところにある。ひいては、これが「管理社会」の成立を、瓦解させることにつながるということを、予め主張しておく。

次の稿において、それを説明したいと考える。



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