第2話

森の中でも奥の方まで踏み込むと、俺達はキャンプを張り探索を開始していた。

小隊のメンバーたちはよくわからない機材を取り出し、フラフラと辺りをさまよっている。

隊長はなるべく平らな地面を探し出すと、簡易テーブルを置いて地図と機材を照らし合わせている。


「これが気になるのか?」


待機を命じられ暇ができたので隊長の後ろから作業を眺めていると、こちらを振り返りもせずに声がかけられた。


「ええ、まあ」


どうやら、フラフラ歩いているメンバーの持つ機材が情報を集め、このテーブルに置いてある機材に送信しているようだ。隊長は送られてきた情報を地図やメモに書き込む作業をしているらしい。


「似たような機材は駐屯所にもありますが、ここまで小型化はされていませんね」

「そうだろうな。まだ王都にも多くは配備されていない。それに小型化しただけでなく、精度も従来のものよりも高くなっているぞ」


鼻を鳴らし自慢げな顔をすると、再び地図に向かい合った。そんな様子が少し頭にくる。


「我々のような駐屯所にいる人間は、そんな物に頼らなくても異変には気づけるようになりますけどね」

「それでも、今回この異変に気づいたのは我々の持つ”そんな物”だがね」


ああ言えばこう言う奴め。言ってることは間違ってはいないけど気に食わない。


俺達のような駐屯所の人間にとって、王都の人間は羨望の対象であると同時に、便利な物に頼り過ぎて本来の能力を活かしきれない人材の墓場という蔑みの対象でもある。事実、栄転を断る人もそこそこいるのである。


「ところで、調査は進んでいるんですか。地図とか情報を見てると異常はないように見えるんですが」

「今のところは以上は見られない。探索範囲をもう少し広げて何もなかったら場所を変えよう」

「もう少し広げるって言ったって…」


周囲には既にメンバーの姿は見えない。地図の情報から考えるとここを中心としてかなり遠くまで散っているようだ。


「王都の人間なので問題はないとは思いますが、あまり森の中を舐めないほうがいいですよ。ただでさえ、この辺りは駐屯所の人間もあまり入り込まない危険域として認識されているんですから」

「む、そうかね」


隊長は少しの間考え込んだ様子だったが、急に立ち上がり頭上に向けて手を振り上げ、光球を打ち上げた。


「今のは魔術ですか?」

「そうだ。見たのは初めてか?」

「いえ、駐屯所にも使える人間は何人かいますけど…」


魔術というものはこんなにも手軽に扱えるものではないと思っていた。駐屯所で見る魔術はもっと広範囲に爆発的に使われるものであり、大型の魔物を討伐する時くらいである。


「これからの探索で魔術を使う機会もあるかもしれない。今後、君にも単独行動をしてもらう事も考えている。皆が戻ってきたら、合図の確認も兼ねて魔術について少し説明しようか」

「ありがとうございます。ちなみに、今のはどんな魔術ですか?」

「今のは光属性の魔術で、意味は帰還命令だ」

「帰還命令?」

「君が危険だと言ったのだろう?」


隊長は何を言ってるんだと言わんばかりの大きなため息を吐くと、テーブルの上の機材や地図を片付け始めた。


「見ていないで、君も手伝ってくれないか?」

「ああ、すみません」


正直、意外だった。こちらの事など見向きもせず、ただ自分たちの王都の仕事を遂行するだけの人間だと思っていた。少なくとも、今まで出会ってきた王都やその周辺の人間はこちらを明らかに見下していた。


「意外だったか?」

「え?」

「私が素直に君の進言に従ったことが意外だった。そう顔に書いてある」

「……はい。正直」

「君は隊長を何と心得ている?」


手を止め、隊長は真面目な顔でこちらを見る。不意に真剣な雰囲気になり、俺も思わず手を止める。


「……任務を遂行するために必要な判断を出せる者。ですかね」

「ふむ。そうか。それは必要なことだ。君とは仲良くやれそうだ」


それだけ言うと、作業に戻っていった。

よくわからない人だけど、ある程度は、この任務中くらいは信用してみてもいいかもしれない。そう思わせられるだけの独特な雰囲気があった。



隊員が全員戻ってくる頃には日が傾きかけ、キャンプ周辺は少し薄暗くなっていた。

隊長は先程のテーブルの上に布を敷き、スープを作って隊員を出迎えていた。


「皆ご苦労様。暗くなる前に戻ってこれて何よりだ」

「まだ暗くなるような時間じゃないと思っていたんですけどね」

「暗くなった森は危険ですからね。的確な判断、流石は隊長です」


俺は隊長と隊員たちが会話をしているのを少し離れたところから観察していた。

この隊は全員にある程度の信頼関係が結ばれているらしく、皆がリラックスしているように見える。


「いい隊だ」

「そうだろう?」


声がした方向を見ると、体格のいい大男がスープの入ったカップを持ってこちらに来ていた。


「ほらよ、あんたの分」

「ありがとうございます」


差し出されたスープを一口飲む。うん、美味い。


「あの人は素晴らしい隊長だ。俺も色々な隊を見てきたけど、この隊ほど居心地のいい隊はないな」

「そうなんですか」

「ああ。聞きたいか!?」


急に声音が変わり何事かと思い大男を見ると、目を輝かせてこちらを見ていた。


これはまずい!


「いや、別に……」

「まずはだな、的確な指示だな。それと冷静な判断力。確かな実力。後は……」


拒否する間もなく大男は隊長を褒めちぎり始めた。

ああやだやだ。こうなると確実に長くなるやつだよ。面倒なのに捕まった…。


その後、隊長に救い出されるまで長々と大男から隊長の自慢話を聞かされた。しかもたまにこちらに話しを振ってくるものだから聞き流しもできない。極めて苦痛な時間だった。

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