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@gashiOver
第1話
「坊や。私の可愛い坊や。起きなさい」
「うーん…」
優しげな声音と共に体を軽く揺すられる。
「今日はお城の王様へご挨拶に行く日でしょう」
「はーい」
鉛のように重い体を起こし、目を開けると母親が立っていた。
「朝ごはんができてるから早くいらっしゃいね」
部屋を出ていく後ろ姿を見送ってから、窓の外に視線を向ける。
外からは太陽の光が差し込んでおり、家の前の通りはすでに多くの人が動いている。
「………」
またこの夢だ。
この続きはなんてことはない普通の日常が始まるだけである。子供の頃大好きだった勇者のおとぎ話。その始まりがこのように始まるのだ。
勇者に憧れていた頃は、母親に勇者と同じ起こし方をしてもらっていた。
再び目を閉じ、横になる。次に目を開けるときは現実で起きるときだろう。
はたして、目を開けるといつもの寝台に横になっていた。
「勇者か…」
おとぎ話の中にしか存在しない伝説の存在。遥か昔に起こった出来事らしいが、真相は魔族との大規模戦争で活躍した有能指揮官ってところだろう。
現在、魔族はなりを潜めており、表立って活動している気配はない。たまに野生動物に似た魔物が突発的に人里に入ってくる程度である。
もう起きる時間だ。
体を起こし、出掛ける支度を始めよう。
顔を洗い、口を濯いで服を着替え、腰に得物を吊るしてテーブルの上のパンを咥えた。これでいつでも出かけられる。
「忘れ物はないな」
最後に部屋の中を見渡して確認すると、俺は部屋を出た。
「おはようさん」
「おはようございます」
部屋を出るとすぐに、鎧を着た兵士に話しかけられた。
それもそもはず。俺の仕事場は王城から遠く離れた村にある軍の駐屯所である。その中の宿舎に住んでいるからである。
「あんたに伝言だ。フル装備で司令室まで出頭するように。だとさ」
「了解しました」
フル装備か。面倒だな。
フル装備。正式には戦時軍装という。通常であれば駐屯所内でフル装備、つまり鎧を着て仕事をすることはない。これを着用するということは、人の領域の外に出ることになると相場が決まっている。
馴れた手付きで鎧を着込み、司令室へ向かう。
「失礼します。戦時軍装を装備の上、只今出頭いたしました」
「入れ」
返答を聞き部屋へ入ると、司令や秘書の他に見慣れない顔ぶれが数人いた。
「彼が案内役ですかな」
「ええ。この駐屯所随一の使い手です。君、こちらへ来なさい」
司令の言葉に従い、机の目の前まで歩を進めた。
その間、品定めをするような視線をひしひしと感じる。
ちっ。気分悪いな。
「君にはこれより、彼らに従い駐屯所付近の森の奥の調査任務を命じる」
「森の奥、ですか」
あの森は遥か昔から人の手が入っており、最近も調査をするような異変はなかったはずだ。
「司令、詳しくは私から話そう」
命令を訝しんでいると、司令と話していた男が口を開いた。
「私は王都から派遣された調査隊の隊長だ。よろしく頼む」
「私は…」
続いて自己紹介をしようとするも、手で制された。
「いや、いい。君のことは司令から聞いた。細かい話は後にしよう。まずはこちら話を聞いてくれ。先日、王城観測所にてこの森から発せられる微弱な魔力を観測した。解析によると、未だ観測されたことのない魔力だったそうだ」
そんな話は聞いてない。この場にいる俺達兵士にも感じ取れない程の微弱な魔力を観測し、わざわざ調査隊まで送ってくるものなのか?
「我々はこのあたりの地理に疎い。そこで司令に我々の足を引っ張らない程度には実力があり、土地勘を持つ者を選抜してもらった。それが君だ。ここまでで何か質問は?」
「…あの森は既に奥の方まで調査が終わっていますし、定期的に魔物討伐と警備もしています。先日は自分も行きましたが異常はありませんでした。それでも何かあるとお考えですか?」
「ふむ。しかし、王は納得されなかったようだ」
王が納得しないという理由でわざわざこのような田舎まで派遣されるのか。王城勤めは栄誉だと聞いていたが大変だな。
「この任務での自分の役割は何でしょうか」
「道案内だ。けれど、最低限自分の身は自分で守ってくれ。他には?」
「いえ、ありません」
「よし。ではすぐに支度をして門の前で集合してくれ。我々もすぐに向かう」
「は。失礼いたします」
最敬礼を隊長と司令にし、俺は司令室を後にした。
現在、世界中の人の住む町や村は周囲を高い壁や結界などで覆われており、魔物や野生動物から生活区域を守られている。そのため、唯一の出入りは街道にある門だけである。
手早く支度を済ませ門の外に出たが、どうやら調査隊の人間は来てはいないようだった。手持ち無沙汰になってしまったので城壁に寄りかかっていると、一人の門番が周囲を見回しながら近づいてきた。
「よう。今日は王城のお偉いさんたちと森へ散歩だって?」
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。
同僚につられて笑みが自然と溢れたため、この軽いノリに付き合うことにした。
「ああ。散歩したいけど、森の中は道が複雑で困っちゃう。おまけに魔物も出るからこわーい。だとさ」
「はははっ。こりゃあ傑作だ。それだけで特別報酬が出るんだろ?いい仕事だぜ」
「多分出るな。その辺の魔物を一匹狩ってお偉いさんを守るだけで感謝されるんだ。この仕事はやめられないね」
「そうか。ならばしっかりと励んでくれ」
不意にかけられた言葉にギョッとした。
声の方向を見ると、いつの間にか調査隊の面々が近づいてきている。
「じ、自分は持ち場に戻ります!お気をつけてくださいませ」
慌てて敬礼をすると、門番は勢いよく離れていった。
あの野郎、逃げやがった。後で覚えとけよ。
「皆様お揃いですか」
「ああ。森はこの先か?」
「はい。少し歩いたところに入り口があります」
「そうか。詳しい話は歩きながらにするとしよう」
「では、先導します」
「ああ。守ってくれよ?」
憎たらしい笑みに心の中で舌打ちを返し、森へ向かって歩き出した。
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