見知らぬ、妹

 三行でわかる前回の神薙


 捕獲者で珍獣売りの魎香りょうこうがやって来た。

 魎香はそよぎを欲しがる。

 凪は、魎香の振り袖に刻まれたまどかの呪術にやられてしまう。


 ○


 結局、二人は折り重なるようにして倒れた。

 波々岐は『どうしたものかな』と思った。

 波々岐はばきは、あるじが気を失う直前に出した命令に従って現れていたのだ。

 波々岐は自由度の高い使役式である。主の命令が途絶えた今でも、状況判断をして動くことができる。

 ただ、蛇姿の波々岐の戦闘力は、皆無に等しい。

 なにより蛇にまぶたはないから、魎香りょうこうが再び術を発動させたら一巻の終わりだ――。


「あら。これまたずいぶんと格の高そうな……使役式――でいいのかしら? どいて?」


「…………」


 からん。


 魎香が手を組んで呪術を発動させるより前に、波々岐は刀の姿になって、意識を失うのを回避した。


「わぁー、いい値段で売れそう~」


 魎香は、銀髪の少女を裏返し、顔の輪郭をなぞってみた。


「あっ、あらっ……?」


 少女の目が開いた。

 寝起きのようにとろんとしていなかった。

 強い意志を持った目。


「――神格パンチ!」

 

 神速で放たれたアッパーカットが、魎香の顎に決まった。


「儂に気安く触るな」


 白鷹は、汚れを落とすように両手を擦った。


 顎を押さえた魎香は、後ずさりした。


「えっ、なんで……⁉」


「クク、二つの存在が一つの身に宿っておるからな」


「……しくじっちゃったわ」


「もう同じ手は通用せん」


「……じゃあ奥の手を使っちゃおうかしら」


「どうじゃか。この程度のマヤカシが呪具頼りなら、奥の手なんぞ、あってないようなものじゃろ。なぁ? ……この程度の術、普通は身一つでできるものじゃよなあ?」


 同意するものはいなかった。

 白鷹は、気を失っている凪を、足で乱暴に弄った。


「はぁ~、これだから! 呪詛返しじゅそがえしすらできなくてどうするのじゃ……。呪術を使えん蛇穴さらぎなど、蛇穴ではないわ」


「えっ」


 背負っている木箱に、そろりと手を伸ばしていた魎香は、動きを止めた。


「蛇穴? とんでもないものに手を出してしまったわね……」


「なんじゃ、知っておるのか」


 白鷹は魎香の方を見た。


「……一人、お得意様がいたの。春日かすがにお邪魔したこともあるわ」


 魎香は顎を擦りながら言った。


「あのキテレツ女は、お前から大量の蛇を買っていたのか」


「そう。彼女、十年くらい前から、行方知らずになってしまって……。叶うことなら、またお話したいわ」


「封印されていたようじゃが、最近目覚めたぞ。春日に行ってみるとよい」


「うそッ⁉ 分かったわ、ありがとう。神って掴みどころない存在だと思っていたけれど、意外と話せるのね。それに親切」


「ふん、儂は優しくないぞ」

 白鷹として、そこは譲れなかった。


「あっ……――。となると、その子、見たことあるかもしれないわ。凪君だっけ?」


「さあのう」


「でも……あなたの方は見覚えないわね。今日の話を聞く限りだと、凪君の妹なんでしょう? 見たことないわよ」


 白鷹は、魎香と話す気はなかった。

「なんでじゃろなぁ~」


 ○


 魎香が撤退した後。

 白鷹は、未だに目覚めない凪を道の端に寄せた。

 そして白鷹はあぐらをかいて腕を組んで目を瞑った。


(また気絶ショートする回数が増えそうじゃな)


 白鷹がでしゃばりすぎると、器が弱るのだ。

器は神降ろしのために調整された存在だったとはいえ、所詮は人間である。

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