ババア地獄
三行くらいでわかる前回の神薙
○
7月○日
庭ではアワダチソウやネコジャラシが思い思いに伸びていた。
屋敷の中は埃っぽくて、あちこちに蜘蛛が巣を作っていた。
今のこの家の主は、野生の獣なのだろう。廊下には糞尿のシミがあった。
掃除の手が回っていた縁側に、一人の女が腰掛けていた。
「わ〜
「近いって……」
「いいじゃない、久しぶりなんだし!」
トンビコートを着ている女は言った。
「……リョーコ、まだ振り袖着てたんだ」
「商売に必要だからいいのよ」
魎香は君影の隣に座った。
「君影ちゃん、私ね、人を好きになったの」
「やめろよ……。お前の好みからして言いたいことはわかったから。……加増に行ったのは珍しい怪奇を捕まえるためじゃなかったのか?」
君影は、先日の出来事を、凪からのメールで知っていた。凪は白鷹から何があったかを聞き出したという。
「そうよ、最初は”珍しい怪奇がいる“って噂を聞いたから、それ目的でいったのよ。でもそこで素敵な出会いがあるなんて……」
惚ける魎香。
「
「リョーコ……そろそろ現実的な恋をしてみたらどうだ」
「凪君以外だと、私の周りにはお得意さまのオジサマ達くらいしかいないのよ」
「東京の呪術連連中か? ならそいつを捕まえればいいだろう」
「だってオジサンはオジサン……」
「……そういつまでも己の年齢にそぐわない若い奴に可能性を感じているから、時期を逃すんだ」
「う……やめて……、正論反対……」
「……いっそのこと、金で物を言わせて……愛人活動でもすればいい。凪、」
以外のな。
「なるほど! 現実的ね!」
魎香はすっくと立ち上がり、門の方に向かう。
「話半ばでどこへ行く」
「ちょっと加増に行ってくるわ! 凪君捕獲してくる!」
「いや……待て、」
君影の足元から、一筋の線が大地を這うようにして伸びた。
魎香が最速で打てる技は、振袖の幻術――
だから、魎香が背負う木箱に納まった使役式――
ましてやこんなお遊びでは尚更だ。
足元を絡め取られた魎香は、ズサッと倒れた。
「君影ちゃんは彼へと続く道を阻むと言うの――!?」
○
縁側に座り直す二人。
「粗茶だが」
君影は茶色の茶を出した。
どの茶にもカテゴライズされない香りが漂っていた。
「何茶よ、これ」
「昔は緑茶だったと記憶しているが、今は烏龍茶に姿を変えたみたいだな。驚け、十年発酵モノだ」
君影は子供っぽい笑みを浮かべた。
魎香は湯呑を手に取り、くんくんと匂いを嗅いだ。それは香りを楽しむ嗅ぎ方ではなく、飲んでも平気か、を確認するための嗅ぎ方だった。
魎香は試しに口に含んでみる。
「正直に言うわよ。不味いわ…… 」
「だから粗茶と言っただろう」
「もう、粗茶と言って、ホントに粗茶を出すなんて……」
「そんなに不味いか? 私としては全然許容範囲だが……。烏龍茶の風味がするだろう」
「いやしないわよ」
「そうか……? ……いまはこの茶しかないんだ、勘弁してくれ。大体、ウチの人間と氏神を商品にしようとした輩をもてなす茶は、ここにはない」
「うん? 『エゾのアオダイショウより、青い和蛇を探してほしい』と、無理難題を言った後に失踪して、お金を払わずじまいだったのはどこの誰だったかしら」
魎香が春日に来たのは、お金を回収するためでもあった。
「……さあな」
「あら、青色の蛇、欲しくないの?」
「みっ、見つけたのか!?」
「確保したんだけど、君影ちゃんがいない間に死んじゃったわよ」
動揺。
「へぇっ!? それでっ、でも……死んだとしても、もちろん魂のほうはストックしてるよな?」
この世のものが死ぬと、肉体から魂が抜け落ちてあの世へと昇天する。しかし、呪術でその理に干渉すれば、死んだものをこの世に繋ぎ止めておくことも可能なのだ。
「ええ、ここにあるわ。ただし……」
魎香は、脇に置いてあるリュックより大きい木箱をポンポンと叩いた。
「
「嘘だろ……。なんとか取り出せないのか」
「言うのが遅かったわね。もう缶の一部になっちゃったわ」
「失ったものは戻らない……仕方がない……。だが缶行きはあまりに惨い……」
「ペットショップに常に子犬がいるのと同じ。売れないものは廃棄よ」
「缶なんて言う無尽蔵の移動式保健所があれば、そりゃそうなるよな……。ああ……」
「君影ちゃん……。そんな落ち込むとは思わなかったわ。私もう一回探してみるから、元気だして」
「いやいいよ。もう飼わないつもりだから」
「ええ!?」
「近々、私は死ぬことにしたんだ。その際になにかを飼ってたら、足枷になるだろう」
「はぁ!? 寿命ってこと? 君影ちゃん今何歳なのよ?」
「サバを読んで百三十だ。私に寿命はないが、自主的に死ぬ決心がついたんだ」
「サバ読む意味ないじゃない……。あーもう、なんでよぅ……、私のズッ友なのに……」
○
十年発酵茶のおかわりはなかった。
代わりに、二人は、腐らずに残っていた梅干しを、熱い湯に入れたものを飲んでいた。
青い蛇探しを依頼した君影が、魎香へいくら支払うか、という話になっていた。
「凪君達に迷惑掛けちゃった分を引いて――これだけ」
魎香は親指と人差し指をくっつけた。
「かなりの日数を青い蛇探しに費やしていたんだから。高くつくわよ」
魎香はゲンキンなやつだった。君影はそれを承知で付き合っていた。
金で買える友情、というわけではないが……魎香は金が絡むと実に素直な人間になるから、人付き合いが苦手な君影にとって付き合いやすかったのだ。
「たか。最近は祓魔の依頼なんて受けてないから、懐が寒いんだ。そうだ金の代わりに土地をやろう。ぶっとい霊脈が通ってるいい土地だ。土地神引っこ抜いているんだから、そのうち似たようなモノが発生するかもな。あるいはでっかい怪奇を据えてみるの楽しいかもしれない。使い潰してもいい」
「以前居座っていたっていう、鳥の臭いを取り除くのに、手間がかかりそうだけどねぇ。だいたい、今どき土地なんてどこも余ってるわ。足りないのは手を加える人材って、それ一番言われてる」
「なら、うちの蔵に眠ってる壺やら、石紋入りの硯やらを持っていってくれ。『 ツケとして骨董品を貰った』という振り袖ババアなら、開運なんでも探偵団に出れるだろ。出演した時に、夫募集中と言えばいい。完璧だ。……いや、十年前にやってた番組だし、流石にもうやってないか……」
「ご長寿番組になっているわよ! って、そうじゃなくて! あたしは友情よりお金を重視する……。そこは間違えないでほしいわ」
「ふふ」
「笑わないでよ。こんな芝居をするなら、さっさと出して欲しいものだわ」
「長い付き合いだ。お前を一番動かすのは何か、ってことくらい承知しているよ。しかしリョーコは相変わらずだね。安心したよ……。――ほら」
君影は懐から札束を出す。
「まいどっ!」
魎香は慣れた手付きで枚数を数えていく。
「あれ――多いけど?」
「よしみ代だ」
「なんて人情み。これからもウチをご贔屓してくりゃれ」
「わかっている」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます