振り袖おばさん、襲来

 三行くらいでわかる前回の神薙


 凪達は夏休みに帰省することにした。


 ○


 季節は巡り、教室のクーラーが付き始めた頃。

 夜が短くなり、蠱物まじものを相手にする時間自体は減ったのだが――


「多いな……」


 今までは、一晩に十体現れれば多い方だった。だが最近は十超えがデフォで、今晩に至っては二十だ。多い、多すぎる。

 華凛がその日の予想出現数を教えてくれるようになってから、切り上げる目処がつくようになったのだが……こうも数が多くては意味がなくなってくる……。


「あっ、お兄ちゃん、ちょうちょがいる」


 怪奇の蝶が飛んでいた。

 ステンドグラスのような柄だった。


「珍しいね。きれいだねー」


 しばらく観察していると、蝶はどこかに飛んでいってしまった。


「子供の頃聞いたんだけど、綺麗な怪奇って売れるらしいよ。捕獲を仕事にしてる人もいるみたい」


「ほー……。華凛達が心配だな」

 朱尾はとても美しい怪奇なのだ……。


「むー。私の心配はしてくれないの? かわいいよ? レアだよ?」

 梵はほっぺを膨らました。


「朱尾と華凛よりお前のが強いだろ。だからあまり……」


 ○


 そんな話をしてから数日後。


「私はしがないの珍獣売りにして、さすらいの捕獲者――名は魎香りょうこうと申します――」


 大袈裟で柔らかな一礼。

 ソイツはまるで俺たちの話に引き寄されるようにして、加増にやってきた。

 柔らかいウェーブの茶髪の女で、明るい橙の振袖を着ていた。袖に大きく描かれた目のような紋様は、色も相まって、蝶のヤママユを思わせる。

(振り袖……?)

 たしか、振袖は未婚の女性の礼装である。若い女性が着るイメージが強い。

 目の前にいる女は、どうみても……少なく見積もっても、三十よりも高い。

 女が背負っている木箱と、蝙蝠こうもりのような怪奇とを繋ぐテグスが、時折キラキラと光っていた。

 なんか、怪しいヤツだった。


 「銀髪の手前、どういう理で現界しているかは知らないけど、幽霊とは珍しいわねぇ……」魎香は目を細める。「いや……人の見た目をしときながら、中になにか異質な――怪の気が混じっているわね? 私の目に狂いがなきゃ、そんじょそこらのモノよりずっと格上の、神性を帯びた……」


 おだてられ、いい気になった白鷹が主人格となり、一歩進み出る。


「うむ! 儂こそがかすングッ⁉」


「バッカ名乗んな! 正体を名乗ろうとするやつがあるか!」

 俺は慌てて、春日の土地神の手を引き、口を塞いだ。


「フググ⁉ フググフ、フグ!」


「ふーん、一つの身に二つの存在が生きているとは珍しいわねぇ……。欲しいわ……!」


「――――えっ何?」

 復帰したそよぎが顔を上げる。


「あのおばさん、お前が欲しいとよ」


「えっ……白鷹の考えは知る由もないけど、少なくとも、私として存在する部分は、全てはお兄ちゃんのものだよ?」


 それはもう定められた天命であるというように、平然と言った。


「その気持ちはうれしいけどさ、自分ってものを、もう少し大切にしてもらいたい……」


「うーん? よくわからない」


 俺は、梵の手を引いた。振り袖女から遠ざけた。

「すまない、おばさん。コイツは渡せない」


「そう――。って誰がオバサンですって⁉ ねぇ! いいわよ、力ずくで奪うのみなんだから!」

 

 パン!

 女は両手を打ち鳴らす。左右それぞれの長い袖に描かれていた半円が、手を合わせることによって繋がり――マドカが完成する。


「さァ、いきましょうか――」


 振り袖に描かれた模様がグニャリと歪んだように視えた。錯覚だろうか。

 蠢く模様に、俺の目が吸い寄せられる。

 この時点で、もう俺は動けなくなっていた。

 今更ながら、先日来た親族からもっと呪術のことを聞いとけばよかったと思った。


 梵が叫ぶ。

 「っば! 見ちゃダメッ」


 だが俺は模様だけに意識が集中して、動けない。

 背中に強い衝撃。

 背後にいた梵が俺を押し倒したのか……⁉

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