ラブレター

 三行くらいでわかる前回の神薙


 克己おじさんに菓子折りのことを聞いた。

 凪と克己は不仲。

 梵は榮一が嫌い。


 ○


 放課後


 楽器と譜面台を担いだ吹奏楽員が、早足で各々の練習場所に向かっていた。

 中庭では「もっと声あげろォォォ!!」「オスッ!」「われわれわああああ」と応援部員が声を張り上げていた。

 帰宅部員俺はいつも通りの活動を開始しようと――


「ん?」


 俺の靴箱に手紙が入っていた。

 シチュエーションから、〝 ラブレター〟という文字が脳裏を過る。

 だが待て俺。狼狽えるな。

 ラブレターにこんな簡素な封筒を使うだろうか。誰かが廊下に落ちていた白い封筒を、俺の下駄箱に突っ込んだのかもしれない。これはきっと、色めき立つ俺を見て、ゲラゲラ笑うイタズラなのだ。

 それとも、ガチな方のラブレターなのだろうか。そもそも、学校の知り合いは華燐のみだし、華凛がこんな遠回りな手段を使うとは考え辛い。

 じゃあ、知らないクラスメイトが差出人なのだろうか。いやいや、一目惚れされるような顔は持っていないと思う。

 扉を閉めて一呼吸。自分の下駄箱であることを再確認して、再び開けてみる。

 やはり、封筒はそこに鎮座していた。


「どしたの?」とそよぎ


「靴箱に手紙が入ってるんだよ」


「ラブレター……――?」

 梵は、肉に飢えた猛獣の如きすばやさで、手紙を手にとった。


 差出人の名前はないようだった。


「誰からだろうな?」


華燐かりんちゃんしかいなくない? お兄ちゃん、華燐ちゃん以外と交友関係築いてないじゃん。……ぐぬぬぬ」


 その時、華燐が通りかかった。


「凪君? どうかしたの?」


 華燐は図書委員をしている。ブックポストから回収した本を抱えていた。


「丁度いいところに。なあ華燐、これについてなにか知ってるか?」

 

 白封筒をひらひら掲げる。

 一瞬の間。

 本が滑り落ちた。


「いや、知らないよ……」


 とても嘘をついているようには見えなかった。


「そうか、引き止めてすまない」


 落ちてしまった本を拾って、差し出す。


 ○


 帰り道。

 未だに手紙は開封していなかった。

 空に掲げ、光に透かす。


「なーんかコレ、筆文字っぽくないか?」

 

「呪符でも入ってるんじゃない? きっと開けた瞬間、ちみもーりょーが襲いかかってくるんだよ」


「そんなことになるのはゴメンだなぁ。梵ならこの手紙、開封するか?」


「うぅーん……。気になるから開ける。それでもし、呪符が仕込まれているんじゃなくて、女が書いた手紙だったなら、凪とその女共々祝ってあげるね」


 梵は懐刀に手をかけていた。


「呪ってやるの間違いだろ……」


 まあ分からなくもない。俺だって、梵が普通の学生をやっていたとして、家に男を連れてきたら「おいおい何だお前おいおいおいどこのどいつだ」と小一時間、問いただしてしまうような気がする。


「――手紙は開けないでおくよ。本当に重要な内容なら、直接伝えに来るだろ」


 人間、三十分もすれば忘れるものだ。

「開封しなければ発動しないタイプの呪符なのでは」という梵の目論見が当たっているのか、はたまた本当にただのラブレター(?)なのかはわからないが、手紙は害を成すことなく、カバンと記憶の底に埋もれていった。


 ○


 今は午前零時。怪奇がボチボチ動き始める時間だ。 

 アパートの階段を降りたところで、気配の薄いなにかがぬっ、と現れた。

 背の高い、和装の女だった。トンビコートを着ていて、長い髪は雑に縛られていた。

 ……誰だ?


「君影⁉」


 梵は君影に駆け寄った。

 あっ、梵の話に度々出てくる人だ。

 一瞬にして犬のようになった梵を、君影はよしよしと撫でていた。


「――なぎ。手紙、見たか」


 名前を呼ばれ、一瞬ゾッした。俺を知っている人がいると言うのは、なんかこそばゆくもあり、ちょっとした恐怖でもある。

「えっ、いや……」


「やっぱりな……。校門前に私がいたら嫌だろうと思って……」


 そよぎは言った。

「私達がおじさん家にいることが分かってたなら、ピンポン押してくれれば良かったのに」


「いや克己かつみと会うのは少し億劫でさ……」

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