白鷹会 参

 三行くらいでわかる前回のあらすじ


 結局、蛇穴凪さらぎなぎは一から陣を組み立ててみることにした。


 ○


 ――下を見ない方がいい。直感がそう告げた。

 だから、見てしまった。


「――!」


 眼下に、空が広がっていた。地上は見えない。

 辺りには木が浮いていて、俺は、そのうちのひとつにしがみついているようだった。

 俺は異界にいる。


 どうやら、俺の陣はうまく動いてくれたらしい。

 俺の陣の術理は、君影のものとは異なる。

 君影きみかげ方式だと、精神世界を対象とつなげる……といったところか。

 それに対し、俺のやつは、精神世界サーバーを構築して、御霊遷しで繋がっているやつらでアクセスしようぜ……といった具合か。

 ……目的に対して、大技になりすぎたと思う。俺だけでこんなことしたら、呪力切れを起こしてぶっ倒れてしまうだろう。

 世界はほとんど白鷹色に染まっていた。

 そう、術式発動に必要な呪力は、土地神白鷹から勝手に拝借していた。

 新月の日まで、シカトを決め込んでいるらしい白鷹だったが、呪力拝借への拒絶はなかった。


 ばさり、ばさりという音が大きくなる。

 俺は、空を見上げる。

 白銀の鳥が舞い降りてきた。

 

「くく、上出来、上出来。やるではないか」


 大翼の怪奇は、異界を見渡す。


 白鷹しらたかの目線が、俺から外れた。

 そういえば、やけに静かだ。

 目線の先には、うつ伏せで木に引っかかっている妹がいた。しおれていて、モズのはやにえのようだった。

 俺との――そして白鷹との距離を考えて、この異界では御霊遷しみたまうつしの、縛りは無効になっていると考えていいだろう。

 それと、梵の髪色は真っ黒けっけだった。


「なぜ黒髪なんだ」


「このセカイは……儂と、こやつと、お前によって構成されているようじゃな。お前の、こやつに対する認識よりも、儂とやつの認識が勝ったのじゃろ。クク、お前は自ら記憶を封じ込んでいるようじゃし」


 梵が白鷹に御霊遷しを掛ける以前は、当然、黒色をしていたはずだ。そして俺はそのイメージを全く持っていなかった。


「して……。なぜこのような場を設けたんじゃったか?」


「お前、儂に勝ったら言うこと一つ聞いてやる~、って言ったよな。このまま新月の夜が来たら、引っ込んでいるのやめるつもりなんだろ? 俺が勝ったら、それやめろ」


「そうじゃった、そうじゃった! ならば、来い」


 白鷹は、勢いよく風を切る。


「飛べってか……?」


 白鷹はどんどん降下していく。

 俺は意を決して、木の梢から身を躍らせる。


 下でホバリングしていた白鷹が、俺の横に並んだ。


「重い方が早く落ちる。当然じゃな! しかしこれでは勝負にならん。儂が一定距離以内の距離を保って下方を飛んでやろう!」


 異界の法則は、呪力提供者白鷹様が支配している。白鷹が“重い物は早く落下する”と思い込んでいるのなら、法則は“そう”なるのだ。


「このまま戦えと……⁉」


 落下中だぞ!

 戦力確認。

 袴のガバガバポケット(ポケットではない。正式名称は知らん)の内をまさぐる。

 吊るされた矢立がある。

 帯には、呪符が何枚か挟んであった。

 あとは波々岐はばきが俺の背後に控えている。


 俺は視力の良さには自信がある。

 チラリと、白銀の羽が舞っているのが見えた。

 白鷹から抜け落ちたのだろうか――――多い⁉

 羽はバババッ! と俺めがけて飛んできた。

 とっさに気配を消した上で身をよじったが、全ては避けきれず、俺の体にぶっ刺さった。

 羽は鉄のように鋭く、文字通りの矢羽根だった。

 俺はかつて、追尾型の飛び道具に殺られた。だから対抗策は考えていた。しかしこんなに多くの矢数は想定していない。


「くくっ! ほれ、ほれほれ!」


 白鷹は大翼を大きく振った。

 白い羽が舞う。

 また、ミサイルみたいに向かってくる。


 俺は、とある呪符を有る丈ばらまき、第二波に備えた。

 俗にデコイ符と呼ばれるこの代物は、敵の攻撃を引き寄せて相殺させるものだ。白鷹の羽、一本一本の攻撃力が軽いからこそ使えるものである。

 強靭な性質を一時的に付与された呪符は、続々と到達する矢羽根を受け止める。


「ほう……! 成長しているではないか!」


 役目を終えたデコイ符は、塵となって消えた。

 これ以上、矢羽根が来たら防ぎきれない。攻撃の機会は今しかなかった。

 呪符を投じる。

 白鷹のそばで、水の気が相次いで爆ぜる。


「クク見たことがある……。まず二枚。これはまやかしじゃ」


 「……⁉」


「裏に三枚目が隠れとる。こっちが本命じゃ。三枚目だけ見据えておれば良いのじゃ」


 鮮やかに躱された。

 

「ククッ……やはり型は変わらんか。確かにこれは強力じゃ。予備知識を持っていなかったら、回避のしようがない」


 勝てない。全てを知られている。白鷹は長い間蛇穴と付き合ってきたのだから……そりゃそうか……。


「ククッ、つまらん。呪符に頼るな。波々岐をめちゃくちゃに振り回していたほうが、まだ勝ち目があったろうに……!」


 防ぎきれない量の、矢羽根が襲いかかってきた。

 あっ、負けたな。

 と思ってしまった。


 ○


 ……俺の意識は蔵の二階に戻っていた。

「っ、は……」

 荒くなっていた呼吸を落ち着かせる。


「大丈夫?」


「ああ。そよぎは」


「平気だよ。陣が発動したのは分かったけど、それ以降のことは何もわからない。何をしていたの?」


「白鷹と戦って……負けた」


「仕方ないよ、土地神だし」


「なあ白鷹、」


「……出てこないね」


「しゃーない……。立て直して再チャレンジしてくる……」


「ふぁいと」


 白鷹は既存の術を知っている。ならば新ワザをぶつければいいのでは――と俺は考えた。

 容易なことではないが、これ以外の方法が思いつかないので、これしかない。

 だが……


「……俺がなんか企んでも、丸聞こえだよな」


「うん。私の知覚を通して、ぜーんぶ筒抜け」


「参ったな」


「……私の目と耳を塞げばいいんだよ。いいよ、お兄ちゃんのためなら」


「でも梵は暗闇が苦手だ」


「大丈夫だよ。お兄ちゃんが近くにいれば平気だから。それにお兄ちゃんはずっと頑張っているんだから、私も……」

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