白鷹会 弐

 三行くらいでわかる前回のあらすじ


 白鷹と勝負することになった。


 ○


 俺達は重なるようにして座っていた。こうしないと陣の内に収まらないのだ。

 この体勢は集中力が削がれる。妹だろうと関係ない。


「絶対に話しかけるなよ」


「絶対……? おけまる水産」


 呪力を陣に走らせてみるが、手応えがない。

 長丁場になりそうだ。

 数分後。


「閉鎖空間。残された男女。何も起きないはずがなく、」


 そよぎが漫画広告の惹句のようなことを言い出す。


「何も起きないからな」


 ……結局、陣も発動しなかった。


 俺は母屋に戻った。

 陣の作成者に「発動しないぞ」と訴えると、「最初はそんなもんだぞ」と言われた。


「最初はそんなもん」が「そのうちできるさ」に。さらには「なんとかなる」に変化する。


 数日が経つ。


「裏ワザを教えるときが来たか」


「う、裏ワザッ……!? あるなら先に言ってくれよ」


「あまりいい方法ではないんだ。単純だ、死にかければいい。生と死の境で彷徨った時に、陣が誘ってくれる……はずだ。私がやったときはそうだった。もし、これが発動の必要条件だったらすまない」


 〇


 ふたたびび蔵にこもり始めてから、体感時間で二日が過ぎた。

 胡座あぐらをかいている足の感覚はもう消えた。平衡感覚はふわっふわしている。

「俺はいま、日本一つまらない夏休みを過ごしていると思う」

 死にかけるまで、あとどれ位待たねばならんのだ……。


「そうかな? 楽しいよ」


 梵は、俺の首に手を回し、身を少し持ち上げた。

 すんすんすん、と。


「お兄ちゃんのここ、いい匂いするし……」


「耳の後ろを嗅ぐな」


「不足しがちなナギニウムを補ってるの」


「ソヨギウムだけで体を維持できるようになってくれよ……」


 しばらくして。


「おっ……⁉」

 見える見える……なんか見えてきたぞ……!

 陣が誘っている……!?

 いや……。――陣は発動していない。

 つまるところ、ただのフラッシュバックだ。ストレスゲージがたまってくると俺の身に起きるやつだ。

 あほくさ。消えろ消えろ。

 俺は頭を振って意識を切り替えた。

 ここから数時間粘ったが、クソみてーなフラッシュバックに邪魔されるので、継続を断念した。


 〇〇〇


 死にかけてみる作戦に失敗してから二日経った。

 新月の日が迫る。

 どうにかして、呪術で月の満ち欠けを誤魔化せないかな、なんて思う。妹が救われるなら、一生満月でもいい。

 俺は大股歩きで蔵に向かっていた。

俺は連日の蔵籠もりのせいで、少し調子がおかしくなっていた。まあ、その自覚があるだけ軽症なので、なんも問題はない。


「俺が陣をイチから組めばいんにゃろ……いいんだろ……」

 

 陣は君影が自分の為に組み立てたものだ。他人がやって上手くいくという保証はないのだ。現に上手くいっていない。

 そして考えた。俺が自分で陣を組み立てた方がまだ可能性があるのでは? と。

 俺はいまだに、君影の陣の術理を理解しきれていない。つまり、俺が、君影の陣をパクって描いて呪力込めたとしても、発動することはない。

 面倒だが、俺が一から“白鷹と対話するための術”を考えて作らなければならない。


 蔵の二階に到着した俺は、目を瞑って精神を落ち着かせた。

 矢立から筆を引き抜く。

 筆は呪術師の標準装備らしい。今日はそれに習って、根付を使って帯から吊るしてきた。


 俺は一心不乱に陣を刻んでいく。

 原因と結果をいかに術式で繋いでいくかが勝負だ。

 時間は置いてけぼりで、俺だけが加速する。頭はオーバーヒートを起こす。


「あああああ……!?」


 脳みそが、うめき声いっしょに出ていくようだった。

 陣が床に刻まれていく。

 正解が分からない。だが手応えはある。

 だんだんと時間の感覚が薄れていく。

 薄暗い床と、墨の黒色と、暗闇が混じりあう。

 曖昧になる。

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