白鷹会 壱
三行くらいでわかる前回の神薙
○
俺は石造りの浴槽に浸かる。
「あ~……」
空間を控えめに照らす、暖色の明かり。
裏山から引っ張ってきて炊いた、柔らかい湯。
すべてが心地よい。
稽古で溜まった疲れが取れていく。
……以前なら、こうして風呂に入れば、
そのことが少し気がかりだった。
「なあ白鷹……」
じゃあ――
「俺の知り合いの中で、いちばん賢いのは誰だろうな? やっぱ
「儂じゃあっ!」
目をらんらんと輝かせた白鷹は、腕を組んで、浴槽のヘリにどっかりと立った。
「おう白鷹。最近お前出てきてないよな」
「くく! 儂が強すぎるせいで、器がくたばりかけておるからの」
確かに、梵が
「ああ……気遣って控えてくれていたのか。呼んですまなかった」
「~~! 気遣って⁉︎ そんなことないぞ。儂の
我儘で我慢……。
「いや矛盾してるだろ」
「うるさいうるさい。土地神たる儂が気を使うというのもおかしな話じゃな。もう儂が引っ込んでおるのはやめるわ」
白鷹は、鼻をフン、と鳴らした。
「はっ⁉ いや待て待て待て。俺が変なこと言ったのが悪かった」
「頼む、この通り」
俺は両手を合わせた。
ぴちょん、と天井から水滴が落ちてきた。
「仕方がないのぉ~。そうじゃな、手合わせをしようではないか! 儂に勝ったら、お前の言う事を一つ、聞いてやる」
「……」
勝てるか。
そもそも、離れられない俺達がどう戦うというんだ……?
「猶予をやろう。新月になるまでじゃ」
「まっ……⁉」
○
翌日 昼間 道場
昨日の一件以来、白鷹が出てくる気配はまったくない。たとえ祝詞を逆さ読みしても出てこないだろう。
白鷹は、特性である傲慢さと、優しさの間で、板挟みになっているのだろう……とは思う。
しかし、あいつがを手合わせを望んだのだから、どうにかして、それに答えてやらなければならない。
空を切る。俺は木刀を振っていた。
この夏を通して、俺は〝
だが今は、技術向上というより、思考を断ち切って無心でいたい、という気持ちで刀を振っていた。
関節が足りない。腕だけで振り下ろさず、そう、全身をしなやかな……骨の多い蛇のように……素振り、素振り、素振り、素振り……――。
「……刃筋、立ってない」
俺の気づかない間に、
俺は「実は白鷹がかくかくしかじかで」と伝える。
「白鷹。――。……サマ」
君影の呼び掛けに対し、
「……手合わせの方法はあるよ。アイツ、それ知ってたから、一戦交えようと誘ってきたんだろうな。あー……くそ、こうなるなら先祖返りの話はしなきゃ良かった。
「一人じゃないから平気……だと思う……」
○
蔵
梵は、俺の袴をぎゅうと握り、横にぴったりとくっついていた。
「こっち。まじまじと見て思いを馳せるのはやめとけ。意識ぶっ飛ぶぞ」
君影はすたすたと二階に上がっていってしまった。
見るなと言われても、俺の目は、暗がりの奥にあるものを捉えて離さなかった。
檻があった。
木組みで、俺でも寝そべることができる面積がある。
檻の劣化具合は、幼女一人が閉じ込められている間にできたものとは、到底思えなかった。
ここには人がいたのだ。そう思うと、ひんやりとした空気に混じる匂いが、人のものに思えた。
二階へ。
こちらは物を保管する場所らしい。家財道具や書物、ガラクタが置いてあった。
「これ」
二階の奥にいた君影は、床に積もった
墨で刻まれた円形の陣があった。
複雑な紋様で、読み解くのが難しい。
「昔、
「なんでこんな所でやったの?」と梵。
「居心地がいいから。ここはみんな気味悪がって近づかない。私は……母屋にいると、式の制約のせいで当主にこき使われるから」
君影は、
「まあ、この陣を活用してみろ。うまく発動すれば、白鷹に会えるはずだから。そこで話なり対決なりするといい」
「分かった。そうだ、先祖返りの危険性は?」
蔵は危険な場所だと言っていなかったか。
「……散々脅しといて何だが、正直、そこまで懸念しなくていい思っている。帰属意識が先祖返りのトリガーの一つだと言われているが、凪は、この家で育った記憶を忘れているからな」
「なるほど……」
「私は先祖返りの心配はしなくていいんでしょう?」
「ああ。まず先祖返りは起きないだろうな。ウチの呪術がまともに発動できなくなっていることからも分かるが、梵という存在のほとんどが白鷹で埋まってるから……」
ちなみに。俺にも、入学式の夜に失った分だけの白鷹成分が流れているが、問題なくこの家に伝わる呪術を発動できている。程度の問題なのだろう。
「致命的な先祖返りはそう滅多に起きないから。……新月の日がタイムリミットだろ? まぁ、気長にやっていこう」
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