妹は数を数えられる

 この夏の間に、妹は数を数えられるようになった。

 俺が筋トレをするほど、妹は数を数えられるようになっていった。


「一七、じゅーはち――」


 俺は妹を“重し”にして、腕立て伏せをしていた。


「――二九、さんじゅっ!」


 一分のインターバル。


「お水飲む?」


 差し出されたボトルを受け取る。


「……ところで、一緒に背徳しませんか? しゃるうぃー背徳?」


「急にどうした。”ところで”が過ぎる」


「しゃるうぃ?」


「ノーセンキュ」


「れっつ背徳」


「猿かお前は」


「……、背徳は合法だよ?」


「合法だろうと、背徳は背徳だろ。……一分経ったな」


 ○


「――――ごーじゅきゅっ、ろーくじゅっ!」

 カウントを止めるいなや、

「背徳の感情って一体どんなものなんだろうね。――背徳を知りたい」


「お前背徳感じないのかよ」

 やはり兄妹なんだな、と思った。


「思えば、コセキ……? じょう、私と凪は兄妹じゃない……。だから背徳おけまる水産」


「……今なんつった?」

 脳内時計のカウントが止まる。


「背徳おけまる水産?」


「その前に決まってるだろ」


「……言ってなかったっけ? 私……戸籍ないよ」


「やれ蔵育ちだの、戸籍がないだのと……」


蛇穴梵さらぎそよぎという存在はこの世に存在しないの。書類上、凪は一人っ子」


 梵は、ぱっ……と両手を広げた。


「いやしかし実際の所、戸籍がどうであろうと、俺達は正真正銘の兄妹なんだろ?」


「うん」


「じゃあ、話を戻すが、背徳はやはりダメだろう」


「うん……。それじゃあ、れっつはいとく……?」

 小声だった。


「俺の話聞いてたか?」


「……もう、どうしてお兄ちゃんはがっつかないの? 蛇は完全肉食だよ? 時代は肉食系男子だってば」


「肉食とはいえ、拒食する部類の蛇なんだろ。そう、俺はきっとボールパイソンあたりの蛇なんだ」

 ポールパイソンは初心者向けと謳われている割に、拒食がひどいやつなのだ。


「……。……! なら半年もすれば私を食べてくれるね」


「いや、それはない」


「ケチ兄……。こういうのって男が迫ってきて女が拒むものじゃないの……? ――もしかして、凪ってゲイなの?」


「お前、四六時中俺の背後にいて、一体全体どこを見てるんだよ……」


 休憩の一分はとうに経過していた。


「もしかしてお兄ちゃんは、私の事……嫌いなの?」


 妹の厚みのない唇は、ふるふると震えていた。

 俺が悲しませてしまったのだろうか。


「ああもう分かったよ! 一度だけしか言わないからな! 言うぞ⁉ 耳の穴をかっぽじってよく聞けよ? 好きだよ……好きだ! だがそれは家族、」


「くく!」


 未練がましい言葉の途中で。


「ク!」


 …………………なん……だと……。


「今まで、恨み辛みを言われることは多々あったが、くく、まさか好きと、くくく! 言われる日が来ようとは」


「おまっ!? ふざけろ! なんでこんな時に限って出てくるんだよ!」


 白鷹はけらけら、けらけらと笑っていた。

 こんなときだからに決まっている。


「……白鷹が出ている間は、梵には聞こえてないんだよな?」


「うむ。儂が出ている間は、寝てるも同然」


「俺との約束はどうした。出てくんなよ……。ひょっとして『嫌い?』と鎌をかけたのはお前か?」


「さぁな」


 沸騰していたものが急速に冷える。

 さっきの俺は冷静さに欠いていたかもしれない。


「くく、『殺す』と言われたことはあるが、まさか、のぅ」


「だからお前に向けたんじゃないって……」


「それじゃ、儂はそろそろ寝る。どうしてこう……蛇は近縁で惹かれ合うのじゃ」


「いや待ってくれッ――」


 復帰直後の梵になんと言えばいいか分からないものだから、咄嗟に引き留める。


「……――はっ! 白鷹のバカっバカバカっ! 聞きそびれちゃったじゃん! それでなんて言ってたの……?」


「……やっぱ撤回する」


「撤回……?」


「悪いな梵、そういや俺は『一度限り』と言った」


「えぇ。スネ夫じゃないんだし……」


「冷静になって考えてみれば言うべきではないんだ……。それに、また何か言っても、どうせまた白鷹しらたかに茶化されるさ……」


「拗ねお兄ちゃん……」


「やめろ……」


「…………でも正直な話……言ったでしょ?」


「馬鹿言え、言うわけないだろ。渾身の一発ギャグやったんだ。ああ! もちろんダダ滑りしたさ。そよぎに聞かれなくてよかったよ……」

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神薙~背後霊と化したヤンデレの妹と共に戦ったり共依存する話~ 東 ゆが @AzumaYuga

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