生きてるけどもう確実に死んでる魚
授業が終わった。俺はすぐさま
「それ
養護教諭はすぐに戻ってきた。
「――いないわ」
華凛は消えた。
俺は「探してみます」と言って保健室を出た。
「……どこに行ったんだ?」
「まともに歩ける状態じゃないのにね」
「華凛のように、雰囲気から位置を特定でき……ないか」
「私達の気配察知能力はぺーぺーだから」
「でも、視力自体はいいから、視界に入りさえすればおけまる」
「走るぞ」
まずは教室の方へ。
フロアの両端に階段があるため、行き違っている可能性がある――いない。
図書室。
華凛は図書委員ということもあり、ここにいることが多いのだが――いない。
下駄箱を確認。
かかとがきっちりと揃ったローファーが納まっていた。上履きがない。
「凪、あれ――」
クラス棟は吹き抜け構造になっている上、庭側がガラス張りになっているため、見通しがよい。
四階教科棟と四階クラス棟を繋ぐ、吹きさらしの渡り廊下に――
「ッ!?」
華凛がいるのが見えた。転落防止柵の外にいる。
いつか梵がいっていた。
『蠱物は宿主の衝動、願望、因子を悪い方向に助長させる――』
『蠱物に取り憑かれた人の飛び降りはよくある――』
と。
俺達は全速力で二階から四階へと駆け上がった。
吹きさらしの渡り廊下に出る。
四匹の鯉が華凛の周りで舞っていた。儀式じみてて、生気の枯れた踊りだった。
件のヒレボロ鯉だけが止めようとしていたが、数の差で勝てるわけがなかった。
「華凛ッ!」
俺に気づいた華凛がこちらをみた。華凛は少し口を開けた。
最後のその一瞬、華凛は何を思っていたのか、俺は察することができなかった。
あっという間だった。
鯉に翻弄された華凛は落ちていった。
どうにかして華凛を助けようとした俺は、転落防止柵から身を乗り出した。
「ごめんお兄ちゃんっ――」
梵は俺の制服を掴む。
「華凛が!」
「お願い、いかないでいて…………」
俺達の横をすり抜ける影があった。
ヒレボロ鯉が神速で主の元へと向かった。
カッ――!
ヒレボロ鯉は光り輝いた。
みるみる姿を変える。
鯉は化け、一体の――いや、そう呼ぶにはおこがましいほどの
竜は落下する華凛を背中で受け止め、渡り廊下へと舞い戻ってきた。
しゅる……と巨体を器用に身を畳んで着地した。蛇のとぐろとは違う体の畳み方だった。落ち着くかまえが違うのだろう。
竜は目で合図した。俺は華凛を受け取る。
竜は朱色の尾をピシャりビシャりと地面に叩きつけていた。
竜がギロリ、と四匹の鯉を睨みつけた。
逃げることを忘れた鯉は、ただ口をパクパクさせることしかできなくなっていた。
竜は四匹の鯉を順々に捕らえ、噛み砕いていった。
牙の隙間からタールのようなものがぼとぼとと滴る。四匹の鯉は
鯉達は、消えてしまった。
「あ、あれ……? 私……」
華凛は目覚めた。だがまだ意識はぼんやりとしているようだった。
「大丈夫か?」
華凛はコクリと頷いた。
「私を助けてくれたのね……ありがとう」
「それは――、」
「凪君、ありがとうございます」
「……」
人から感謝された経験が少ない俺は、戸惑ってしまった。
そもそも、蠱物をそこらへんの土地以上に寄せ付けているのは、俺達のせいであり……。
「ありがとう」
「っ、ああ……」
ぎこちない返事。
華凛と会話するときは、妹と違っていつもちぐはぐになってしまう。
「鯉達は……消えてしまったのね。ただ、大きな力の渦がそばにいる気がするの」
「ああ、ボロボロだった鯉が、竜に化けたんだ」
「そうだったの……。――。こっちかしら……?」
華凛は竜のいる方を向き、腰を折り曲げた。
「ごめんなさい。ありがとう」
「――凪君、私、今日は早退する」
「歩いて帰れるか?」
「親に迎えに来てもらおうかしら……。わわっ⁉」
竜が、華凛の背中を鼻先で押し上げて、ヒョイと背に乗せてしまった。
「まさかそれで帰るのか」
「この子はその気みたい……」
「落ちるなよ……?」
竜は、鯉だった頃の名残が残る長いひげをうねうねさせて答えた。
「――今日はありがとう、また明日ね……!」
竜はぐんぐん高度を上げて飛び去った。
○
――竜の背に、華燐がうまい具合に乗せられているのが見える。
普通の人間の眼は、怪奇を映さない。
つまり。
正直なところ、見たかった。
この眼が今は恨めしい。
○
その後、俺もなんとなく早退した。
「三色は早退しました。俺も早退します」と教師に告げたのだが、なにか勘違いされた気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます