しめくくる魚

 三行でわかる前回の神薙


 おかしくなった鯉達の影響を受け、華凛かりんは飛び降りてしまう。

 竜に化けたヒレボロ鯉が、華凛を助けた。

 竜が四匹の鯉を食いちぎった。


 ○


 帰・即・寝。


「――起きた? おはよ」

 

 そよぎはベッドに腰掛けていた。


「今何時だ」

 外は暗くなっていた。数時間寝ていたのだろう。


「えぇと……?」


 壁掛け時計を見て考え込む梵。


「一七時四十三分だな。流石にそろそろ起きるか……」

 俺は半身を持ち上げる。


 梵も立ち上がり、大きく伸びをして、


「あ」


 ぼすっ、と布団に向かって倒れた。

 梵はしばしば気絶ショートする。器としての限界が近いらしいが、いつ”限界”を迎えるのだろうか……。

 数分待っていると、梵はけろりと目覚めた。


「――生き返りました!」


「大丈夫かよ……」


 ○


 翌日


 例のごとく、ほぼ徹夜だった。

「…………」

 朝の会が始まるまで、まだ猶予があったから、俺は机に突っ伏していた。

 梵はノミ取りをする猿のように、俺の髪をかき分けていた。

 ブチッ。ブチッ……。


「…………髪の毛が減る音がする」

 俺は小声で呟いた。

 

「銀髪、気になるから」


 黒染めをしたとはいえ、まだしぶとく残ってるやつがいるらしい。


「俺がハゲたらどうする」


「ウチは多分ふさふさの家系だから大丈夫だよ。百歳超えでもふさふさだよ? へーきへーき」


「なら安心した」

 将来の悩み事が一つ減った。



「おはよう」


 華凛の周りで優雅に泳ぐ鯉達は、もういなかった。


「ああ華凛、おはよう。あの後大丈夫だったか?」


「ええ、お陰様で」


「あれ、あの竜はいないのか?」


「屋上にいるはずよ」


 ○

 昼休み


 華凛はお昼の図書当番だった。俺達だけで、屋上に行ってみることにした。

 屋上に続く扉は施錠されていた。仕方なく縦に伸びるパイプをつたって屋上に向かった。

 梵が気絶ショートしたらまずいので、先行してもらう。

 昨日、空をかける竜を見て、“下から覗きたい”と思ったが、まさか翌日に別の形で実現するとは思わなかった。

 スケベの神はいるのかもしれない。

 ただ、丸見えというのはそそられない。一秒のラッキースケベと、ずっと丸見え。前者のが価値があると思うのだ。



「――何の用だ?」


 竜が喋った。

 鯉時代のオロオロっぷりはなんだったのか。威厳たっぷり。まるで白鷹。


「邪魔ならすぐ帰る」


「まぁ一つ、話を聞いていけ」


 俺は塔屋にもたれた。


「始まりは数日前、私が黒い怪――お主らが言うところの蠱物まじものに触れてしまったことだった。私以外の鯉は、かりんに迷惑をかけぬようにと、私を追放した」


「蠱物と接触……? そんな機会あるか?」


「……その点については、これ以上私から言えることはない。あろうことか主は、危険因子を取り除いた四匹ではなく、私だけを抱擁したのだ。今まで、私達が抱きしめられたことは一度もなかった。そして私以外の四匹は主に抱きしめて貰うべく、自ら黒い怪に接触して、主に迫ったのだ」


「嫉妬ってこと?」と梵。


「だろうな」


 俺は、亡き鯉達の姿を思い出していた。

 鯉の性別はどこで見分けるのだろう。模様の他に個体差あったっけな……と考えていた。


「正気だった私に対して、四匹は次第におかしくなっていった。黒い怪を受け入れるか、受け入れないかが、大きな違いだっただろう……」


「結局は心の持ちようってことか」

 俺も蠱物にガッツリ触ってしまったが、そういうことなら問題ないだろう。


「そして四匹に共鳴するようにして、主もおかしくなってしまったのだ……」


「――ククク! 主に振り向いてもらうための行為が主を傷つけたのか。魚の頭は小さいのか?」


 白鷹が久しぶり出てきた。

 鯉の行為はともかく、魚の頭は良いとイメージが強い。笑われるのはむしろ鳥頭の方ではないか――?


「ああ、やけに格の高いものか」


「おうおう。そこまでわかる頭があるなら、跪いてみたらどうじゃ?」


「お主が人の皮を脱いだら考えよう」


「クッ……」白鷹は逃げた。


「――へ?」梵が復帰した。


「すまない。白鷹はこんなやつだから……」


「構わぬ」


「ところで……、」

 お前? この呼び方は不適切か? 竜さん? 元ヒレボロ?

 なんて呼べばいいんだろう。

「――名前、あるのか?」


「――」


 なさそうだった。


「お兄ちゃんが名づ、――名は存在を縛る。主が決めるべきじゃ」


「やっぱ華燐に決めてもらったほうがいいよな。今度聞いとくよ」


 〇


 教室に戻る途中。


「凪なら、竜になんて名前を付ける?」


「そうだな……――。朱色の尾っぽだから、朱尾しお


「シ、オ……? 凪ってセンスないの?」


 梵は冷淡に言った。


「じゃあ今どき女子の案を聞こうか」


「うーん……赤い尻尾だし……赤尻あかし!」


「漢字で書くと、赤い尻なるな」


「うそ⁉ 漢字ってむず……」

 

 〇


「華燐か。さっき竜が――」

 かくかくしかじか。


「そうね、名前つけてあげないとだね。凪君はどんなのがいいと思う?」


「俺か? 朱色の尾っぽだから朱尾しお、後は、同じ意味で、赤尻あかしか。だが華凛が決めるべきだと思う」


「あら尻尾は朱色をしているのね。なら朱色の尾で朱尾しび君……ちゃん? にするわ」


 意外にもかっこいい系ネームだった。


 ○


 帰り際に、俺は華凛に忠告した。

「……夜中は出掛けない方がいい。危ないから」


「……うん。――あっ凪君っ」


「ん?」


「今日の夜は五体くらいかな」


 なにが――


「鯉が竜に化けてから、〝 気配〟が段々と……より分かるようになってきたの」


「……助かる、サンキュ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る