生きる理由


 三行でわかる前回の神薙


 華凛かりんは凪の跡をつけていた。

 一方、凪達は蠱物まじものにおかされた人を見つける。

 そよぎが懐刀でつんつんして男の中にいる蠱物を追い出そうとする。


 ○


 カラン。

 梵の手から懐刀が滑り落ちた。


「あっ、ごめん倒れる」


「はっ⁉」


 梵はぶっ倒れた。

 梵の処置が止まった途端、蠱物たちが「あれあれ! やっぱり宿主の中は安全なんじゃ……?」と思い始めたのだろう。いそいそと男の中へ戻り始めた。


「戻んな」


 俺の左手は男を抑えていた。空いている方の右手使って、喉の辺りでチロチロしている蠱物をむんずと掴む。


「おん?」


 掴んだときの感触は小さかったが、引っ張ってみれば、金魚の糞みたいにずるずる出てきた。いい感じだ。と思いきや――ゾワゾワゾワッ! と俺の右腕を這い上がってくる!

 ゾゾ……と潜り込むような感触。皮膚の下に、じんわりと冷気が広がってくる。


「っ⁉」


 左手で落とそうとしたが、カタチが曖昧で、うまく掴めない。

 振り落とそうとするが……これもうまくいかない。


「ん、復活」


 梵は、道路にあるブロックの上を歩く時のように両手を広げ、慎重に立ち上がった。


「ってお兄ちゃん……なんで蠱物にモテてるの。お兄ちゃん動かないで、そいつ殺せない」


 梵は懐刀で、俺の腕にまとわりついていた蠱物を切った。


「あなた達は凪を好きになっちゃダメ」


 そしていつも以上の勢いで滅多刺しにしていた。


「……大丈夫?」


「ああ。助かった、サンキュ。梵こそ大丈夫か?」


「うん大丈夫。私、たまに倒れるけど気にしないで」


 気にするなと言われても、いきなり倒れるのは心臓に悪い。

「幽霊でも貧血になるのか?」


「んー違う。白鷹の器である私の体が限界に近いだけ」


「言うほど『だけ』って問題か? そうだ、もう一回御魂遷しすれば――」

 以前、俺が失った部分を妹で補ったように……今度はその逆を。


「御霊遷し? あれはそんなに万能な術じゃないの。これ以上多重掛けしたらどうなるか分かったものじゃない」


「そうか」


 そうこうしている間に、男は自我を取り戻したようだった。

 俺は包み隠さずカクカクシカジカと伝え、止血を申し出たが、男は「家内が待ってるから」と言って、足早に立ち去ってしまった。意思疎通ができる状態だったし、足取りは確かなものだったから、もう大丈夫だろう。


 ○


 俺達は再び深夜の加増を歩いていた。梵の足取りは少し重かった。


「”私”が蠱物さんを寄せ付けているのに、蠱物さんは私以外も狙う。それに一度人にこびりついたら、私が近づいてもなかなか出てこない……。私だけを狙えばいいのに。私の存在が、周りの人に迷惑をかけてしまう。私、”生”きてていいのかな……?」


「……」

 俺は分からなった。


「ごめん、何も言わないで。こんなこと漏らしちゃったのは『それでもお前は生きてていいんだよ』って肯定してもらいたかったのかも。けどそれじゃダメだよね……。

 ――私ね、この状態になってから、何度か自殺をしたことがあるんだ。未遂じゃないよ。実行した。でも白鷹は死にたくないから、入れ替わって”私”を生かそうとする。懐刀で刺しても、飛び降りても……結局うまくいかなかった。……私は死にたくなっても死ねないんだ」


 やはり俺はなんと言えばいいか分からなかった。


「あっ、でもっ! もう自殺する気はないよ。生きる理由ができたから」


「生きる理由……?」


「お兄ちゃんだよ。私はお兄ちゃんがいないから自殺しようとしたんだ。でもまた出会うことができた。だからもうしない。……ごめん今日は変な事ばっかり言ってて。帰ろっか」


 梵は俺の右手を引いた。


「あれ?」


 梵は俺の左手も握った。


「凪の右手、左手より冷たい。……気がする」


 右手。蠱物に触れた手――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る