衝動、願望、因子

 前回のまとめ


 入浴中に白鷹しらたかが出てきた。白鷹はそよぎが何をしているか把握できる上、好きなときに人格を交代できる。

 蛇穴凪さらぎなぎは黒染めしすぎた。


 ○

 

 疲れていた。学校から帰った俺は、真っ直ぐ布団に向かった。

 

 ズルベチャ、ゴッ……。ズッ。

 そんな音がして俺は目覚めた。

 部屋は暗い。夜だ。

 音のする方――カーテンを開けてみる。

 窓に怪奇がベトッ……と張り付いていた。弓男と対峙した時に見たやつと同種だった。

 ソイツはどうにかして部屋に侵入しようとしているようにみえた。

そよぎっ」

 傍らで寝ていた妹を揺り起こす。


「えっなに……?」


「来客」


「あっ、蠱物まじものさん……」


 梵はベッドの上で肩を縮めて正座した。


「えっと、その……私は怪奇を寄せ付ける性質でして……。といっても蠱物さんばかりだけど」


「うん?」


「私の中には土地神白鷹がいる。だから歩くパワースポット状態ってこと……。〝暗闇の中で一点だけ光っている所があったら、近寄ってみたくなるだろう?〟って」


「ふむ」


「隱ュ繧薙〒縺上l縺ヲ縺ゅj縺後→」


「〝その明かりを見つけた時、賢いモノなら罠かも知れないと踏みとどまることもある。しかし思考力を奪われた虫は迷わずホイホイ近づく。蠱物まじものばかりが縋るようにして〝土地〟に寄り付いてくるのはそういう理由なんだ〟って君影きみかげが言ってた」


「で、その君影とやらは誰だ」


「育て親みたいな人」


 ……ベチャぁ……ッ……。


「繝シ繝偵?鄂ョ縺?→縺阪∪縺吶?……」


「さっきからずっと侵入を試みているようなんだが……大丈夫か?」


「大丈夫。そこまで強くないから侵入できっこない。でも早く片さないと」


 そよぎは立ち上がった。


「倒しに行くのか?」


「うん」


 ○


 俺達は意気揚々と出陣した。

 俺達が下に降りたことに気付いた蠱物は、雨樋を伝ってアパートの二階から降りようとするも、足を滑らせ落下。

 ぐちゃぐちゃにかき混ぜたプッチンプリンのようなものが、そこにあった。


「%縺薙↓繧ウ↓……」


「ちょうどいいや。これで説明するね。凪、蠱物さんに触れてみて。ちょっとだけだよ?」


 ツプ……と沈みこむ指。指先がひんやりとした感触で包まれる。

「うわっ⁉」


「蠱物は人を蝕むと言われているの。帰りの遅い会社員が病んだり、深夜に散歩をする趣味のある人が、ある日突然我を忘れて暴れたりするのは、夜になって出てくる蠱物さんに侵されてるから――って言われてる」


「は……俺、触ってしまったぞ!」


「ちょっとなら大丈夫。むしろ、ちょっと触るくらいじゃ何ともないことを、知って欲しかった」


「最近、集団うつとか話題になってるよな……それも蠱物のせいなのか?」

 昨日のニュースは、保育士が一斉に『うつ状態』の診断書を提出して休職を願い出た影響で、開園できなくなってしまった――というものだった。


「もしかしたら澱んでいる地域なのかもね。……でも、すべてが蠱物のせいじゃないと思う。今の社会の人たちって、疲れている時でも無理して働いたりしてる。そんなの蠱物がいなくても独りでに病むよ。蠱物は宿主の衝動、願望、因子を悪い方向に助長させるだけ」


「衝動、願望、因子……」


「そう。それで蠱物さんの処理の仕方なんだけど……」


「どうするんだ?」


「気合入れて切る」


「気合……?」


「うーん……とにかく気合い入れて再生が追いつかないくらい切り刻めば、おけまる。私、その方法しか知らないし……」


 既に肉塊のようになっていた蠱物を、梵はメッタ刺しにした。

 やがてカタチが崩れてきて、塩を掛けられたナメクジのように溶けていった。


「蠱物さん、他にも来てるだろうし……悪さする前に探し出して倒さなきゃ……」


 〇


 俺達は夜の加増を歩いていた。


そよぎは呪術できないのか?」

 呪術があれば、きっと蠱物を楽に倒せるんじゃないか。


「御霊遷しの他に一つ知ってるけど……蠱物さん相手には使い物にならない」


「そうか。俺は呪術使えないのか?」


「昔はやってたよ。だけどやり方を忘れちゃってるでしょ……? 誰かから教わったらすぐまたできるようになると思うけど……」


「うぅむ……」


「梧ァ倥〒縺吶?ゅ……!」

 

 どこからか怨嗟えんさの声が聞こえた。

「近くにいるな」


 〇


 程なくして蠱物を発見した。

 ソイツはアスファルトにへばりついて、頭に該当する部位を左右に揺らしていた。土地神白鷹を内包する梵を見ても、向かってこようとはしない。イソギンチャクのようだった。


「凪は下がってて。蠱物さんを寄せつけてるのは私のせい。私が全部片す……」


「いや俺がやるって」

 コイツを倒す程度なら、今の俺にでも十分にできる。


「凪は私に守られていればいいの」


「後ろから戦う妹を見ている兄なんて情けなさすぎるだろ。――波々岐はばき


 グン、と光が立ち、白い蛇が顕れる。

 俺は”以前のような刀になってほしい”と伝える。

 波々岐は刀の姿になった。

「武器はある」


「あっそういえば波々岐いたね……」


「しっかし、この蛇はなんで俺に憑いていたんだろうか……」


「波々岐は蛇穴の使役式しえきしき。“当主の持ち物だけど早めに貰った”って昔、凪が言ってたのを聞いたよ?」


「なるほど……」


 じゃあ早速蠱物退治をせねば。

 俺は重量のある刀を素振りする。


「でも私が殺る。やらないと――」

 梵は懐刀を抜き、蠱物の元へ向かったが、

「あう」

 ずっこけた。


「俺達が離れられなくなっていることを忘れたか」

 なんなら主導権は俺にある。


「忘れてた……」


「梵は既にそこそこ戦えるんだろ? だったら俺が強くなるまでしばらく見ていてくれないか? 俺、弱いのはもう嫌なんだ」


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