Ⅳ 願い

 家に帰っても、後ろ髪を引かれる様子を見せた花織を、青年は諭した。

「かおるさん、あの男と契約しても、貴女の望みは叶いません。時を操る力も万能ではない。戻した分の時は別のところで進み、進めた分の時は別のところで戻る。辻褄が合うようになっているんです」

 俯いたままの少女の手を取り、柔らかく握り込む。冷えた指先に熱がもどるように。

「だから、貴女のおじいさんは、決して生き返らない」

 望みを言い当てられた少女が、息を呑む。

「貴女の望みはこれで合っていますか」

 もう確認はいらなかったかもしれない。それでも、少女は小さく頷いた。

「……クロさんが、心配してくれてたのは、分かってたよ。初めて会ったときから、悲しそうな顔をしていたから、優しい人だって分かってた。だから、やりたくてもできなかったんだろうなって、分かってた」

 ぽつり、ぽつりと紡がれる言葉に、青年は一つ一つ頷いた。少女は涙を溜めた瞳で、青年に請う。

「おじいちゃんを、生き返らせて」

「……できません」

 嘘はつけない。そういう性分だからだ。『契約を司る魔人』にできるのは、その名の通り、契約に誠実であることだけ。

 今日も青年にできることは少ない。

 縋り付く少女の涙を拭い、慰めの言葉をかけて、頭を撫でて、ただそれだけ。

 けれど全て、青年が少女に初めてしてやれることだった。


***


「ねえ、クロさん」

「何ですか」

「ごめんね」

 青年は微笑んで首を振る。これが青年の役目だ。

 少女が大人になるまで世話を焼き、幸せになれるよう見守り、心からの願いをひとつ叶える。

 なかなかに達成が難しい内容だと気付いたのは、契約が成立した後だった。

 老人の地下室には、契約内容を検討するメモが多数残されていた。遺していく孫娘が危害を加えられぬように、途中で見限ったり手放したりされぬようにと考え抜かれていた。流石に、数多の魔人を召喚してきた魔術師なだけはある。

 今は亡き契約主に思いを馳せ、青年は少女の背中を撫でた。

「クロさん」

「何でしょう」

「……お腹すいた」

「それは良かった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

或る魔人の話 土佐岡マキ @t_osa_oca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ