伍・逢瀬の契り
瞼を持ち上げると、直ぐ目の前に端正な赤兎の顔があった。もう日が暮れ始める頃合いだった。一体どれだけ深く眠っていたのだろう。相変わらず緋色の睫毛は長く、右目の下の涙黒子が愛らしい。サラサラとした流れるような朱い髪の合間から見え隠れする白い耳も可愛い。まだ、寝てるよな?
「……折角添い寝をしてやったというのに寝込みを襲うとはいい度胸だねぇ?」
「起きてたのかよ……じゃあもう一回」
開き直って今度は堂々と赤兎の唇を味わう。
「ね、昨日言いかけてたのは、何?」
あ、随分と喉が回復している。喋ってもそこまで痛くない。多少のヒリヒリ感は残っているけれども。そりゃ二回連続で赤兎から盗んだ能力・『狂言』を使えば当たり前か。本来生身の人間が一回使えば死ぬだなんて言われてるんだから。俺が少し異常体質なんだとか。生まれが違うからだろうか。
「はぁ……お前のそういう記憶力の良いところ、嫌いじゃないよ。そうだねぇ……その前に詩、お前の気持ちを聞かねばこの提案は出来ぬぞ」
は? 何の?
「私はお前への気持ちを伝えたんだ。しっかりと言葉にしてもらわねば私とて分からないな?」
う、うそだろ……俺に言えと? 待て待て待て落ち着け、どうしてこうなった? もう言わなくても分からないか?
俺は悩みに悩んだ挙げ句、少しチキって耳もとでこっそりと伝える。その瞬間赤兎の細い身体が震えた気がするのは気のせいだろうか。
「ふむふむ……で、お前はまだ死にたく無いのか?」
「ああ。
それを聞くと赤兎は嬉しそうに頷く。この
「詩、私と生きる気はないか?」
「え」
「夫婦の契りを交わせばお前は半永久的に死ぬ事はない。だが、死にたいと思っても私が死ぬまで死ねないぞ」
リスクは不死、か。半永久的な命を取るか、今にも消えそうな命を取るか。答えは決まっている。
「俺は貴女と生きると誓いましょう」
「そうか、では今晩にでも交わそうか」
夫婦の契りは血液の盃を交わすこと。俺は赤兎の血を飲み、赤兎は俺の血を飲む。そして力を分け与えるのだ。俺はもう元の人間には戻れないだろう。然しそれでいい。力を手に入れられ、そして生きられるのならばどんな報いも受けてやろう。互いに互いを護る為の契り。
その日の夜、小刀で指先を切って朱色の盃に赤黒い己の身体から滴る液体を注いで対面の赤兎に渡した。赤兎も同じように注いだ血液を俺に。正座のまま向き合って、木々の隙間から差し込む月明かりだけを頼りに、同時に紅色の酒に口付けた。
こく、こく、こく……静かに喉の鳴る音だけが森の中に響く。そして喉が焼けるように熱くなった。身体の中から沸き上がる様な熱と力を感じ、紅く燃える先の彼女を見つめる。嗚呼、なんて美しいのだろう。
欲しい、貴女の身体が、欲しい。
――満月の晩に、俺は妖と成り果てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます