夜想曲・悲痛ナ叫ビ
ガタガタと扉が鳴る程に強く風の吹く日の事だった。
「……いやぁ、久しぶりに来たね。この町には。十年ぶり、かな?」
目の前のまるで小学生のようなサイズの女から放たれるモスキート音のように甲高く騒がしい声に耳を塞ぎたくなる。
「ちょっとちょっと! なんか喋んなよー。一人で喋ってるとか、ボク変な人確定してんじゃん!」
いや、変な人も何も、その出で立ちで言うか。焦げ茶色のフードを被って目も見せず、口元だけを下品に歪めたお前が普通である訳無いだろう。
「無視かよ、まぁ別にいいけどさぁ」
積み上げられた一斗缶の上からトンッ、と飛び降り軽やかに着地した。
「そろそろ仕事の時間だ。手筈通りに頼むよ、詩君?」
手筈、な。そんなものは知らんが。何も聞いていないのに。
「あれ、返事してくれないの? いいのかい、そんなことをして?」
押し黙る俺にガキが寄ってくる。廃工場に灯る切れかけの電球が不気味さを助長していた。
「……君が行方不明の姉さんについて知りたいって、言ってたじゃないか。それをボクは、仕事が終わってから教える。そういう約束だろう?」
コイツから放たれる、あまりの言葉の醜悪さに俺は一歩下がる。なんだ、これ、何でこんなにドロドロとした穢れの言葉を吐けるんだコイツは。それでいて毅然と立ってられるのはどういう事だ?
「フフっ。詩君でも慌てることなんてあるんだね~。大丈夫、ちゃんと教えるって。仕事が終わったら、ね?」
慌てていると勘違いしてくれたのは此方にとって好都合だった。上手く、誤魔化せれば良いが。右頬さえ動いてくれれば。
「――本当に、か?」
俺の不安気に装った顔を見て顔を綻ばせる。ここまで醜悪な笑顔というのも初めて見ただろう。
「勿論! ボクは約束を違えることなんてしないよ。絶対に、ね!」
「……了解」
「ん、よろしく~」
廃工場の錆びた階段を降りながら淀みの原因に問いかける。あくまでも、降伏したかの様に。
「……狙うのは、あの双子だけ、か?」
「そうだよ~。ほんとはもう一人、参加してほしいんだけど……どこにいるか分かんないからさ、とりあえずその双子を頼むね」
「了解」
「いってらっしゃーい。あ、お金は下の車の中だよ~」
一度外に出た――フリをして、足音を立てずに今降りてきた方とは真逆の方向にある階段目指して走る。生まれ故郷で培った足音を消すというスキルは健在だ。子供の手による暗殺も横行する地域だからこそ身に付いたこのスキルが今になって役立つとは。驚き。幸い工場はそこまで広くはない。一瞬でも隙が出来れば反対側の階段にまで行くことが出来るだろう。
息を止める。階上を窺う、警戒の気配は無い。よし、今だ。刹那、ターゲットの死角にある階段を音を立てずに一気に上り詰め、背後から首を狙って――捕らえた。
「ケホッ……だ、れ……」
黙って俺は持っていた縄で女の手首を縛り拘束する。その後、一階に落ちていた釘をズボンのポケットから取り出して咥え、目の前に落ちていた金槌を拾う。シャッと縄を切り瞬時に女の腕を釘で壁に磔にした。か細い腕からミシッと骨の砕ける音と共に血が流れ出す。
「いっ、た……い、何、これ……」
「交渉決裂だ。これからお前の爪を一枚ずつ剥いでいく。全部の爪が無くなるまでに全て答えろ」
「いや、やめ、嫌だッ!」
涙でグチャグチャの顔を見て酷く悦びに酔いしれた。さて、まずは一枚目。
獣の様な呻き、叫びが夜の廃工場に響いた。朝までまだ沢山時間はあるぞ。その痛みに悶え苦しむが良い――!
「さあ、せめて俺が楽しめるくらいの玩具にはなってくれよ? 偽りの黒幕サン?」
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