弐・交渉

「こ、殺したって、え?」


「一々騒ぐことでもないだろ……交渉決裂したから情報吐き出させてから殺した。普通にあんだろ?」


「に、日本じゃそんなのないから……何したの?」


 無いのか。俺の育ったとこだと普通なんだが。


「いや、俺に『日向の双子を殺せ』だとか指図してきたから。俺は元から姉とナツキの情報くれりゃお前の嫌いな言葉を一つ消してやるって言ってたのに……結局俺を利用しようとしたからムカついて」


「殺したと?」


「いんや、情報吐かせる為に拘束してから爪一枚ずつ剥いだ。それでも吐かなかったから、歯も一本ずつ抜いてやったんだよ。そしたら『空気圧』も指図したのは自分だ、と」


 昔から何処の国でも拷問はあっただろう。何をそんなに驚くのか。日本でも昔爪剥ぎの拷問はあっただろうに。情報は命だ。己の身を守る為、そして大切な人を護る為ならば他者への拷問など軽いもんだ。


「……で、得られた情報は?」


「その前に。これは交渉だ。お前の方の進捗を聞かせろ」


 交渉が決裂するのならばこの女の爪も剥ぐ所存だ。情報の重みは情報に殺された者しか知らない。だからこそ情報で死にかけた俺が無償で提供などする訳が無いのだ。


「ごめん……きみのお姉さんである春咲のことも、きみの育ての親、安藤あんどう 夏希なつきのことも何も。他の物品の要求くらいなら飲もう」


「チッ。仕方無い、だったらとりあえず寒過ぎるからもう少し何か防寒具を寄越せ」


 姉の情報が無いってのはまだ分かる。だが日本人であるナツキの情報がひとつも出てこないというのは不審な点である。それに、


「そもそも『花の日』というのが公になっていないとすれば情報を裏で操作するヤツが居るんだろう。それも多分国のトップクラスのヤツ」


「ああ、それはそうだろう……だからこそこんな探偵事務所が入れ込んじゃいけない案件だも思っている。だが脅されてしまっている以上は……」


「調べなきゃならない?」


 彼女は黙って頷く。まあ、こんな平和ボケした国で得体の知れない『空気圧』にやられてしまえば畏れて言いなりくらいにはなるだろうな。物心つく頃には銃を片手に銃撃戦に備えねばならぬ、そんな地域に住んでりゃ感覚も麻痺する。恐ろしいのは家族を奪われることだけ。それくらい、他人が目の前で死ぬのはどうでもよくなってしまった。


「……依頼の件、忘れたいか?」


 何故こんな言葉が自分の口から出てきたのかは分からない。ただ、この女が『空気圧』や『花の日』を口にする度に歪ませるその顔が――どうしても、時の姉の顔と被るのだ。似ている要素なんてひとつもないのに。何故だ。


「それ、は、きみの能力でってことか……?」


「――いや、忘れろ。俺はまだ死にたくない」


 枷、その意味を知っていて無闇に使う馬鹿はいないだろう。使えば使うほど副作用は確実に己の身体を蝕む。俺の場合、死に至るだろう。まだ死にたくない、まだ死ねない。姉の情報ひとつ足りとも掴めてない現状で死ねる訳がない。


「話を戻すが、『空気圧』の事件の黒幕は、『花の日』の黒幕を騙るただの一般人だ。確かその女は、と言っていたか。能力は何も持っていなかった。ただ、」


「ただ?」


「恐らく……これはまだ推測の域だが、空気を操る異能者がいる筈だ」


 あれだけの大きな窓硝子を割れるだけの突風を吹かせられるのは、十中八九『花の日』以降に生まれた異能者だろう。花咲町だけで起こる不可解な事件は後を絶たない。あの日バラ撒かれた異常な能力、悪用しない訳がない。現にこうして目の前の女は記憶を抜き取ることで金を得ている訳だし。勿論それだけではないと思うが。


「空気、か……まぁ眠らせたり言葉や記憶を操る異能者が居るんだから、居てもおかしくないな」


「俺は『花の日』がキッカケじゃ無いから何とも言えないけどな」


「え、どういうこと……?」


 そう、あの日を境に異常が起きているが、俺の場合はそうじゃない。多分、この町にとっての不確定因子は確実に俺だろう。まず間違いなくホンモノの黒幕は俺を狙ってくる。だが死ぬわけにはいかないんだ。


「すまんな、これ以上は死んでも吐けん。姉とナツキの情報が手に入ったのなら教えてやっても構わない」


「――分かったわ。次の交渉はその時ね」


 そう言葉を交わし、俺は寝屋へと帰るのであった。



 ***



 随分と話し込んでいたらしい。花咲の町は日暮れが早すぎる。冬ならば15時には日没を迎えるのだ。夜が長すぎる。長すぎる夜は咲かせる花を選ばせる。選ばれし花だけが生き残る。そんな町。鬼灯はもう残らない。残されし鬼灯は俺の首にだけ。深緑の蔦の先に花が咲き実が朱く染まったとき、何が起きるのだろう。自分では想像もつかない。只自分の足音だけが森の中の石段に響くのだった。

 ボロボロの木戸を引いて中に入り後ろ手で戸を閉める。何度怒られたか分からないが、また土足で上がろうとしていたことに気付いて慌てて靴を脱いだ。


赤兎せきと


「……また来たのか、詩よ」


 寝屋にしている潰れかけの神社。その隅に居座る妖に声を掛ける。朱色の瞳に朱い髪、大きな垂れ耳を持つ兎の妖――赤兎は言ノ葉を操る。月夜に反射した真っ赤な目に吸い込まれそうになった。


「赤兎、ただいま」

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