【30】休日の予定は狂うもの

 これはカオスだなぁ。休日の午前中。風紀委員長はその仲裁に入り、ちょっと仕事を投げ出していた。


 だって、こんなの全然予定にないんだもん。昨日の夜、急に相談したいことがある、なんて陰鬱な顔した会長が寮の部屋に突撃してくるから、報告書の作成あるから無理って言って突っぱねた。じゃあ明日ならいいだろ、とか食い下がってくるのも面倒で、明日は管理作業員の聴取があるんですーって断固拒否。いい加減諦めたかなって朝起きて準備して、風紀幹部に連絡取って寮の部屋の前で集合、いざ管理作業員室へゴーってタイミングを見計らったのか近所の生徒会ゾーンで大騒ぎ。声聞いて一発でわかるよね、あのもじゃっこ転入生。まぁた喧嘩、と思ったけどここは生徒会と風紀幹部、一部の教師とその他特例しかいない階層のはずだった。

 で、着信。会長様。走って逃げようかと思ったけど、大騒ぎしてる廊下を一瞥してしまったが最後。電話を耳に当てた会長がこっちを見てる。

 無事、確保。ってか。なにそれ。


 風紀委員長は喚く一年の親衛隊の一人を腕の中に捕らえた状態で、いっそ骨を折ってやろうかと腕を組み直し昨夜からの顛末を想起していた。もじゃっこ転入生と騒いでいたのはこいつか。さっきからそばにいるもう一人の親衛隊がいわたて、と呼んでいる。もうさ、そっちはそっちで勝手にやっててよ。腕の中で喚いていた声が聞こえなくなり、骨を折る前に解放。どさりと体はくずれた。

「一体これはどういうことですかぁ」

 寮の廊下は校舎の廊下より狭い。風紀委員会幹部は総勢四名。沈黙したいわたてと、もう一人。そして、会長がいる。

「あのさぁ。邪魔だけはしないでよ」

「……悪い」

「昨日からどうしたのさ、しょぼくれちゃって気持ち悪い。何があったのって聞くのも嫌なんだけど」

「申し訳ありません。ご迷惑を……本当にすみません!」

 会長の脇で頭を下げている顔を見て思い出す。確か、会長の親衛隊の斜森だ。風紀委員長の足元ですっかり脱力しきったそっちにも見覚えがあった。誰の親衛隊だったか。

「岩楯! もう、やりすぎじゃないか!」

「斜森……だって、だってだって!」

「あーあー、また火がついちゃうから黙って。転入生はどこ入れたの?」

「俺の部屋だ」

「じゃあこれはオレのとこで聴取ね。はいはい、立って」

 喚き散らし、風紀委員長に絞められ尻もちをついた方である岩楯の背中をぽんぽんと叩く。もう一人の斜森は介助をしながら命令に従った。

「言っとくけど、貸しだからね。あ、管理作業員室に連絡入れておいてくれる?」

「任しとき。遅れる、でええな?」

「さっさと片付けるよ。転入生のほうにも行くから、大人しくさせておいてよ」

「わかった」

 風紀幹部とともに岩楯を引きずり、自室に舞い戻る。副委員長が気だるそうに通話を始めたのを隣で聞きながら、委員長も長いため息を吐いていた。


 椅子に座らせ、問い質す。岩楯が転入生加賀見と共に廊下に放り出されたところから、委員長は目撃していた。狭い廊下。床に絨毯が敷かれていたことが幸いし、声は反響せず聞き取りやすかった。とはいえ、二人の声音はヒートアップしていたためニュアンスを掴み取るので限界だったのだが。

 その後に生徒会役員が数名出てきて、加賀見を会長の部屋へと連行。岩楯は斜森の制止を受けながらも吠え続けていた、という感じだった。その怒号は単独であったため、加賀見と言い合っている状態では聞き取れなかった内容がわかった。

「一から説明できる? 加賀見が窃盗犯っていうのはどういうこと」

「……そのままの、意味ですよ」

 不服そうな顔は風紀委員長からの視線を避けるように斜め下を向いていた。

「何を、誰から盗んだ? 濡れ衣ってのはなに?」

「イインチョー、質問適当すぎるで」

「さっさと終わらせたいの。で、早く言って」

 脇に控える副委員長は、斜森を隣に置いて動向を見守っている。

「……テストです。あいつ、テストを盗んだんですっ!」

 意を決したのか、やけくそなのか、岩楯は立ち上がるのを抑えながらも椅子の上で身を乗り出して訴えた。声が大きい。

「テスト? それって夏季休暇明けの? いや、無理でしょ」

「利用したんです! 生徒会の皆様、岩楯様を利用して、盗んだんです!」

「意味わっかんねぇ……わかる?」

「いやぁわからんなぁ。テスト盗むやなんて、そんなん無理やろ」

 切実であろう訴えを、とりあえず真正面から受け取ってみたものの、突拍子のないそれに頷くことが出来ない。なぁ、と委員長と副委員長は残る二人の風紀幹部に問いかけた。二人の意見も同じで、岩楯に対する視線は鋭く変わる。

「ていうか、そんな話があったらとっくに問題になってるし。オレなーんにも聞いてないんだけど?」

「それはっ……先生方がことを荒立てないようにってテストを作り直したんです。だからテスト時期がズレてるんです! テストは盗まれてるんです!」

 テスト時期がズレている。その部分に関しては事実だった。教師たちからその理由は説明されていないため不自然であることは確かだが、テストの盗難に結びつけるのは強引だ。

「ことを荒立てないってのはわかるけど、犯人があの転入生なら追い出せてちょうどいいじゃん」

「せやせや」

「それが、それがあいつのいやらしいところなんです! 生徒会の皆様を犯人に仕立てたんですよ! そうすれば先生方は追求しないと思ったんだ!」

「ええ?」

「生徒会の皆様が犯人だって濡れ衣を着せたんです!!」

「ええー……」

 荒唐無稽な主張にしか聞こえなかった。しかし、目の前の男は自分の主張に絶対の自信があるらしく、委員長の呆れた視線に負けることなく前傾姿勢を保っている。

「あのねぇ……君が加賀見のこと嫌いなのも、どうしても悪者にしたいって気持ちもわかる。わかるよ? でもさすがに言いがかりが過ぎる」

「どうしてですかっ!?」

「どうしても何も、まず、テストを盗むなんて不可能。先生がちゃんと管理してるし、やるとしたら夏休みが明けてすぐってことでしょ。転入したてでなんで盗めるの?」

「だからっ生徒会の皆様に近づいたんです!」

「それもおかしいって。なんで生徒会に近づくイコールテストが盗める、になるわけ? あいつらにテスト盗ませた?」

「それは違います! そんなことするわけないっ!」

「じゃあ方法は? 盗んだ方法。それがわかってるから、ここまで大きな声が出せてるんだよね?」

 委員長の語気が強くなる。いくら相手が学校内の嫌われ者である転入生であっても、悪意だけで罪を着せていいわけが無い。疑うだけならまだしも、追求するつもりならばそれなりの確証、証拠が必要だ。生徒会を絡ませるなら、なおさら。

 そして、証拠がもし存在するのであれば、風紀委員会として態度は変わってくる。

 岩楯が察する。委員長は完全に突き放しているのではなく、聴取をしてくれているのだ。主張の正しさを示すための道筋を作ってくれている。

 察した上で、岩楯は閉口した。委員長はわざとらしくため息をついて、岩楯に一歩近づいた。

「うーん、じゃあもっとわかりやすく簡単にしよう。いい?」

「……はい」

「一つ。加賀見がテストを盗んだ証拠。二つ。テストが盗まれた証拠。三つ。盗んだ方法。どれか一つでいいから証明しなさい。それができないなら、加賀見に言いがかりをつけて騒いだバカってことにしちゃう」

 委員長はそう言って壁にかけている時計を見上げた。管理作業員室で行うはずだった聴取の時間はとっくに過ぎている。辟易だ。

「ああ、それともういっこや」

 言いあぐねる岩楯の後ろで斜森と控える副委員長が、手を打つ仕草を添えて進言する。

「四つぅ。情報提供者な。曖昧な証言のくせにえらい自信満々なんは、自分で調べてへんからやろ? 信用できる相手からの情報提供なんちゃうか?」

「言えてる。副委員長、冴えてるねー」

「褒めても飴しか出ぇへんで」

 副委員長は手馴れた様子でズボンのポケットから飴の包みを一つ取り出した。委員長に向けて投げられたそれは無事に手のひらの中へ収まる。隣にいた斜森の表情が曇った。

「さ、岩楯クン。四つの内一つでも証明すれば、俺たちは君の味方になってあげよう」

 カサカサと包みを開け、黄色い飴玉を口に入れる。味を確かめるように頬が膨らみ、唐突にガリッと、噛み砕かれた。

「あ……う……」

 威勢の良さはどこへ行ったのか。岩楯は次に選ぶ言葉に迷い、砕ける飴の音に怯えていた。証明すれば、風紀委員会は味方になる。つまり、証明できなければ風紀委員会は敵になる。

「岩楯、やっぱり今は」

「はいはーい、君はこれでも食うとき」

 沈黙を選んでいた斜森の加勢も、副委員長が赤い飴を渡して塞いでしまった。

「素直に謝る、でもいいんだよ。物壊したりしたわけじゃないん」

 コン、コン。

 委員長の追求を遮ったのは、強めのノック音だった。

「良いとこだったのに」

「すまん、おれが呼んだんや。でも、話の流れにはちょうどええで」

 訪問者を出迎えるため、副委員長が玄関まで歩いていく。その間に岩楯のそばへと駆け寄った斜森は怯える横顔に耳打ちしていた。委員長はそれを見逃し、口の中に残った最後の飴を噛み砕いた。

「作戦会議は短めにね」

「……」

 二人から注ぐの視線には、覚悟が滲んでいた。


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