【21】荒れる会議
特別棟にある会議室は二十人程度が机を囲むことが出来る大きなものだった。使用頻度は低いが、使われる時には活躍する。今は十人も満たない人数での会議だが、それでもこの場所は適正だった。
すでに日の入りが早くなっていて、カーテンが開かれた大枠の窓からは西日が差し込む。最初は資料を読み込む紙の音だけが部屋の中を支配していて、次第にそれぞれが顔を上げ始めると、最後まで俯いていたのは風紀委員の一人だった。細長いドーナツ型の机の半分ほどに、会議参加者が向かい合うように座っている。片方に生徒会役員、片方に風紀委員会幹部。入口近くの壁には、生徒会顧問と生徒指導の教師も立っていた。
議題は前日に解決したいやがらせの件。そして、生徒会準役員の存在について。生徒会長は正式にその存在を報告した。
理事長によって送り込まれた準役員。苦虫を噛み潰したような顔は、自らの体たらくを自白することに対する抵抗だった。
「しばらく、生徒会室に出向いていなかった。その間に活動していたようだ。いやがらせの件においてもだ」
「ほんっと、何してんだかって話だよ」
「言い訳はしない」
会長は一度立ち上がり、頭を下げた。他の役員たちも倣って立ち上がる。言葉もなく揃う動作には風紀委員会の全員が驚いた。
「うわ、そういうことできるんだ?」
「……生徒会としての責務を軽んじていた。それは間違いない」
「だとしたら、頭を下げる相手はオレたちなのかねぇ?」
ま、いいけど。そう言いながら風紀委員長は着席するよう促した。
「この会議はこれからの話をするんでしょ。準役員とっ捕まえるの?」
「出来ることならば、会って話がしたいと考えている」
そう告げた会長の隣にいた副会長が顔をしかめる。
「そんなことをして、どうするんですか?」
「いやがらせの件だが、解決したのは準役員だ」
「この資料にそう書いてありましたが、どういうことです? 何をしたんですか?」
「尾張が犯人だってさっさと突き止めてくれてたんだよ」
「俺たちは親衛隊の誰かだと思っていただろう」
机に並ぶ資料にはいやがらせ解決までの流れが簡単に書いてある。その道のりは当初、親衛隊に向かって進んでいた。証拠を集め、実行犯を確保し、加賀見を被害者として動機を探る。これはここにいる全員の総意だった。
蓋を開けてみれば、被害者は加賀見ではなく都築で、犯人は親衛隊ではなく幼なじみの尾張であったのだが。
「尾張が自白したのも、準役員からの電話があったからだ」
「あー! だから昼休みにわざわざみんなで会いに行ったんだ!」
「あー! てっきり加賀見に会いに行ってたんだと思ってよ!」
「その双子、なんもしてへんかったなぁ?」
「ダメだよ副委員長。そういう本当のこと言っちゃあ」
「すまんすまん」
風紀委員長と副委員長のやり取りには、双子の庶務が顔を曇らせた。それは胡散臭い関西弁を喋る風紀副委員長も同じではないかと、双子の胸中はシンクロする。
今日の昼休みにもここにいる一同は食堂に会し、尾張と電話を貸したという生徒に事情を聞きに行った。実際に話をしたのは会長と風紀委員長で、収穫はあった。この会議はその報告も兼ねている。
「携帯を借りに来たのは管理作業員だったそうだ」
「生徒会準役員、なんて名付けてるからすっかり生徒だと思ってたんだけど、そうじゃないのかもねぇ」
「学校側の大人の可能性がある、ということですか」
「理事長の手足になるようなやつは多いやろな」
「ああ、その通りだ」
会長の切れ長な目がすうっと鋭くなる。
「どうやって尾張にたどり着いたのか、どうやって尾張を自白に導いたのか。そもそも、俺たちがやらなければならない仕事を、どうやって代わって進めていたのか、そういいう話を聞きたいと思っている。何者なのか、という部分も含めてな」
「……重ねて聞きますが、それを準役員に聞いてどうするんですか?」
「副会長は知りたくないの?」
「もちろん、知りたいですが、それよりやるべきことがあるのでは? 会長。あなたらしくないですよ。あなたは常に前を向いて堂々と歩く人です」
「俺様何様会長様だもんねぇ」
「あなたは黙っていてください。もし加賀見のことを考えているのであれば、改めてください」
「そういうわけじゃない」
「加賀見を心配に思う気持ちはわかります。私も同じ気持ちですから。しかし、あなたは生徒会長なんですから」
「そうじゃないと言ってるだろう」
さほど大きな声ではなかったにも関わらず、会長の怒号は副会長の喉を穿った。
風紀委員長の気怠いため息。垂れ篭める困惑。掻き混ぜたのは会議の内容を書き留めていた書記の横塚だった。小さく手を挙げ、少しだけ背筋を伸ばし、会長をあおぐ。発言の許しを得る前に、言葉が転げ落ちた。
「あの。その、準役員は、どうやって、俺たちの仕事をしてたんですか?」
横塚にしては早い口調で、会長を質す。資料には準役員の行動によって生じた結果は書かれていたが、その経緯、具体的な行動までは書かれていなかった。全てを知るのは会長と風紀委員長の二人。生徒会役員、風紀委員会幹部共に、自らの長を仰ぎ見た。
「生徒会室に入っていたようだ」
「えっ……どうやって……」
「カードキーを新調しただろう。それを準役員にも与えたらしい。理事長はそう言っていた」
一般の学校設備には備えられていないであろう厳重な扉。かねてから特権の象徴として特別棟に配置されたそれは、突然の変更を課せられた。生徒会役員の怠慢を理事長に知らしめる処置。それは同時に新たな侵入者を迎え入れていたのだ。
横塚の無表情が、ぐらりと揺らぐ。そこには他の生徒たちと同じ動揺の他に、別の感情が滲んでいたのだが、その事に気付く者はいなかった。誰一人として続く言葉を見つめられず、会議室には沈黙が広がる。
「それは初耳だな」
「高井先生」
早々と沈黙を破ったのは、入口近くに立つ生徒会顧問高井教師だった。生徒会を担当、指導する立場の高井は一歩二歩と進み出て、眉をしかめる。隣に居た生徒指導は目を丸くしてそれを見ていた。
「あの生徒会室に部外者が入っていたということになるのか」
「ちなみに風紀室にも入られてるっぽいですよ、保坂先生」
「なに?」
風紀委員長の補足は、風紀委員会を担当する生徒指導保坂教師を強く驚かせた。前にいた高井を追い抜いて机に歩み寄り、語意を強める。風紀委員長は座る椅子の肘置きに肘を立て、指先をふらふらと揺らす仕草を見せ、続けた。
「おそらくですけど、新しいカードキーはオレたちに支給されているものとは別ですね。出入りの記録もないんで」
「どうしてその報告をこっちにしないんだ」
「今、してるじゃないですかぁ」
ケラケラと笑う風紀委員長に、保坂はため息を吐くしかない。諦念とともに会長の方へと意識を移し、強い視線を刺す。
「君も知っていたんだな? 自主性を重んじるとはいえ、何でもかんでも任せているわけではないんだぞ」
「申し訳ありません。カードキーのことは理事長から直接聞きました。出入りのデータは風紀委員長から」
「それは事務員さんにデータ出してもらいましたよー。先生やオレたちの出入りの記録はありましたが、不審なものはひとつも。不法侵入、とは意味合いが違うかと」
「どういう意味だ?」
「侵入、させてた、んですよ、理事長が。記録操作をしたか、マスターキーか何かを支給したか」
ギリ。保坂は背後から聞こえた妙な音に、反射的に振り向いていた。いるのはもちろん、高井だ。
その表情は風紀委員長の態度に腹を立てていた自分よりもずっと、憤っている。
「理事長は一体何を考えて……」
「高井先生、それは我々が気にすることではありませんよ」
「ですが保坂先生、不法侵入ですよ? それを容認するなんて」
憤る高井の非難は強く、保坂はその温度に一歩下がる。高井は生徒会顧問として生徒会ひいては生徒会室の監督を任されているため、そこで起きた事態に思うことがあるのは間違いではないのだろう。
理事長の意図に不可解な部分があるようにも感じるが、かと言って、そもそもそういった行動を起こす原因となっているのは生徒会役員が仕事を放棄していた点にある。それは、生徒会顧問の高井の監督不行届ではないか。保坂はその感情を舌の奥に隠した。
何より、あの理事長の性格を鑑みれば、考えられなくもないのだ。ひょうきんというか、人を見下したようなあの性格は、他者を弄ぶことを喜んでいる節がある。
「それはまぁ、あの理事長ですから。準役員というのがカードキーを与えられていたなら風紀委員長の言う通り、不法侵入とは限りません」
「……。ですが、その準役員という存在そのものは、どうなんです? 君たちは勝手に部屋を荒らされていたわけだろう?」
高井は保坂から逃げるように、言葉尻を生徒たちに向けた。
「オレは準役員をとっ捕まえたいんですけどねー。理事長が何を考えているのか、気になりますから」
「本人に聞くのはいかがですか?」
「あの理事長に? 無理でしょ」
副会長の提案を一蹴し、風紀委員長は続ける。
「理事長を問い詰めるためにも、準役員は必要なわけだよ。突破口になる」
「俺は捕まえたいわけではありません。ただ、話をしたいと」
「動機は違っても、結果は一緒でしょ」
「待ちなさい、お前たちがすべきことはそうじゃない。副会長も言っているが、そんなことをしてなんになる」
「保坂先生、それは違うんじゃないですか」
「高井先生?」
議論は熱を帯びていく。保坂は高井を振り返り、そして絶句した。
「ここの校風は、生徒の自主性を一番に考え、生徒の意思を尊重する。任せるべきでしょう」
「はっ……?」
「任せるべきですよ、彼らの意思に」
何を言ってるんだ、と保坂は出かかった悪態を飲み込むのに必死だった。そうやって言葉を失っている間に、後ろ盾を得たと笑う風紀委員長が乱暴に立ち上がる。引き留めようとした手を、高井がさらった。保坂は怒りが込み上げるのを確かに感じ、しかし、それを吐き出すことは叶わなかった。
風紀委員幹部たちが次々と付き従い、席を立つ。
「じゃあ、準役員をとっ捕まえるってことで! 協力お願いしまーす! 解散!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 高井先生、放してください」
「保坂先生には迷惑かけませんよー」
余裕綽々で退室する風紀委員会幹部たち。ようやく高井から逃れた保坂は、面々を追って部屋をあとにした。このままでいいわけが無い。風紀委員に与えられた風紀室に戻り、会話を試みることを決めた。
残った生徒会役員たちは、会長の指示を待って声もなくじっとしていた。一連の流れをどのように感じ取っているのか、それは各個人に委ねられている。会長は言葉を選んでいるようだった。
かたん、と遠慮がちな椅子の音が響く。
「すまない。俺が不甲斐ないせいだ。……でも、それでも」
「わかりました。私はついていきますよ」
「オレも。仕事もちゃーんとしまーす!」
追随したのは副会長と会計だった。
「楽しそうだからさー」
「やるしかないよねー」
庶務の双子二人も相違ないようだ。
「助かる。携帯を借りた管理作業員の方は風紀が当たることになっているから、こっちは生徒会室に残ったもので手掛かりを探す」
あくまでも、捕まえるのではなく話を聞くだけだ。会長はそう強調した。風紀委員長が顕にする敵意は抱かないようにと、注意しているのだろう。会長を支持する四人はしっかりと頷いた。
ただ一人。書記の横塚を除いて。彼は会長の言葉も、それぞれの同意もしっかりと聞き、その上で沈黙を守った。普段から言葉少ななその性格が功を奏したか、はたまた仇となったか、それはわからない。ただ、結果として彼は会長への支持や同意、反対意見の一つも口にせず、この場をやり過ごした。他の誰にも、心中を問われることはなかった。
彼は悩んでいた。
彼はひどく、悩んでいた。
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