【20】クラス対抗サッカー!

 体育の授業は定期的に、隣のクラスとの合同になる。授業内容や進行度はほぼ同じ、その時に習っている競技の対戦形式をとり、競技に対する理解度、個人の習得度、団体競技であればクラス全体の熟練度を見て成績に反映するのが目的だ。つまり、今日はグラウンドでクラス対抗サッカー戦と相成った。

 普段の授業ではルールを習う座学から始まり、準備運動やランニング、ボールを使ったパス練習、ポジション別の役割やその他もろもろを教わってから赤と白に別れて実践。一学期ではクラス内での対抗戦まで進めてきたので、二学期に入って二度ほどの授業で復習し、今日はいよいよ隣のクラスと激突する。この授業を以てサッカーは終わり、次はダンスと水泳に移行だ。ちなみに一学期はバスケも並行して進めていた。

 このクラス対抗戦が彼にとって非常にまずかった。何故なら、座学と違い体育では生徒が全員、動き回る。準備運動ではペアを組み、ボールを持てば視線を集め、何より、クラス対抗の試合となれば、応援もしたくなるではないか。

 更衣室で着替えながら、友人の笑い声が恨めしかった。

「いよいよ見つかるなぁ、見つかっちまうな?」

「勘弁して欲しい」

 体育の授業は三時間目。実は、これまでの休み時間で転入生はこんなことを言っていた。たくさん友達を集めて昼休みに会った人を探すのだ、と。今朝のあの集団、なぜ人数が増えていたのかと言えば、都築はもちろん、尾張も人探しのメンバーに参戦し、さらに仲間を募った結果だったのだ。

 今回合同となるクラスは尾張がいるC組ではなく、A組。人探し要員が増えないという点では喜ばしいのだが、友人曰くこのA組には厄介な生徒が多いとか。

「お前が見つかるのが先か、また喧嘩勃発するのが先か」

「柿本ってさ、実は転入生のこと好きだろ」

「……お前が巻き込まれてるのが面白いんだよ」

 隣席の友人、柿本は更衣室のロッカーを勢いよく閉め、にぃっと笑った顔を寄せてくる。

「つまり、お前のことが好きなんだよ?」

「はぁ、言ってろ」

 彼も同じようにロッカーを思い切り閉め、二人は並んで更衣室をあとにした。他のクラスメイトたちは既に誰もいなくなっていた。


 こっちが先だったかぁ、と柿本が笑った。それは試合と試合の合間の出来事だった。

 一クラス三十人のため、それぞれのクラスで二チームを作って二試合を同時に行い、余った生徒は審判と得点係と、応援をする。授業時間は五十分のため試合時間は二十分に設定し、十分の休憩を挟んで、余った生徒と試合に出ていた生徒でもう一チーム組み、全部で三試合を行う流れとなっていた。

 彼は影を薄くしながら転入生とは別のチームになって一試合目に参加。これにより、同時に別々の試合に出て転入生の視界に入らずに済んだ。準備運動は柿本とペアを組んだので問題はない。

 一試合目は滞りなく進行し、A組B組それぞれ勝利を掴んだ。彼は負けた。

 転入生の試合の方で得点係をしていた柿本に労われつつ、十分間の休憩をとっていた彼の耳に、いや、二つのクラスの生徒のほぼ全員の耳に、その怒声は届いただろう。男にしては少し高めの声に聞こえた。

「っの、卑怯者ッ!」

「意味わかんねーよッ!」

 言い返したのは予想通り、転入生だった。すでに周りにいた生徒たちが二人を制止している。都築に押さえられた転入生はふうふうと息を吐くだけだったが、もう片方はさらに大声を張り上げた。身長が低いその生徒は、男であるはずなのに女のように愛らしい印象を抱かせる見た目で、押さえてくる同級生の腕の中でなお暴れている。いくら女っぽく見せようと、中身はそうではないらしい。

「なんでお前なんだよ、なんでなんだよ!」

「落ち着け」

「横塚様はお前のせいで、ずっとなぁ!」

「これ以上暴れるなら授業放棄とみなすぞ」

 体育教師の一声で、ぷつりと音が途絶える。

「どうする? 続けるか?」

 体格の良い体育教師の声は重く低く、強く質す。転入生がギロリと、静かになった相手を睨んだ。

「ごめん、なさい。すみません」

「わかればいい。そっちも大丈夫か?」

「俺は別に! なんにもしてねーし」

 転入生は都築からの拘束を解かれていた。暴れていた生徒も一転して大人しくなり、二人は距離を置いてこのあとの試合を応援することとなった。

 転入生は都築とともに中央ラインにある得点板のそばに座り、相手はゴールの裏に数人の生徒を連れて立つ。そして、彼はそのゴールを守る柿本を応援するため、クラスメイトと共にひっそりとゴールの近くに座った。

 悪いとは思いつつ、ゴール裏の生徒たちに対して聞き耳を立てる。クラスメイトが壁になってくれているおかげで、転入生に気づかれる気配はない。時折歓声を上げて、試合の動向に反応を示すことを忘れずに、ちらりと視線を投げた。例の生徒は未だ、熱が冷めていないようだった。

 ゴールキーパーを務める柿本がその任に着く前に、暴れていた生徒の正体を簡単に説明していってくれたおかげで、その仲間たちの会話を多少は理解することができた。

「なんなのアイツ。なんなの」

「落ち着いて。ここでアイツを問い詰めたところで証拠も何も無いんだ」

「だって! 生徒会の皆様を利用するだけ利用して、もう次に乗り換えてるんだよ!?」

「声が大きい」

「そのせいで横塚様はあんなに悩んでらっしゃるのに」

 再び現れた横塚という名前。これが重要だった。様とつけて呼んでいることからわかるように、暴れていた生徒はその横塚の親衛隊に属しているのだ。

「今アイツを囲んでる方たちも被害に遭うかもしれない」

「それは確かに、なんとかしないといけないかもしれないけど」

「そうだよ、みんなだってそう思うでしょ!?」

 被害。不穏な言葉の登場に、彼は身を固くした。これはただ親衛隊が嫉妬しているだけで起きたいざこざではないのか。宥めていた生徒の声が弱くなり、怒りに同調する流れが加速する。

「斜森君だって、会長様を慕うなら」

「落ち着いて、岩楯。ボクだってこのままでいいなんて思っていないんだ。みんなも落ち着いてほしい」

 どうやら、宥める斜森は会長の親衛隊に属しているらしい。そして、怒る岩楯が属するのは生徒会書記の横塚の親衛隊。岩楯を中心に集まっているのは生徒会役員それぞれの親衛隊隊員のようだ。

 斜森は重ねて怒りを鎮める。

「とにかく、ボクたちだけで動いてもなんにもならない。盗難を糾弾するなら、証拠を集めるのが大事だ。そのためには、騒ぎを起こすべきじゃない」

「テストがズレたのだってそのせいなのに」

 その時、反対側のゴールにボールが飛び込んだ。転入生の雄叫びが彼らにも届く。しかし、その大きな歓声は親衛隊たちの密やかな決心をかき消すに至らず、彼の耳にははっきりと捉えられていた。テストの件が出てくるとは、どういうことだろうか。

 結局、体育の授業はこのまま無事に終わりそうだ。


 今日の日替わりランチの一つは、酢豚だった。彼はサバの味噌煮定食を、柿本は日替わりランチの別メニューである酢豚を選んでいた。彼らのことをすっかり覚えているのか、給仕は取り分ける皿を二枚、何も言わずに持ってきてくれていた。

「どうしようもねぇな」

「一学期の復習だからなぁ」

 話題は実力テストの範囲のことだ。昼食のあとは図書室で勉強会をしようという話になっていて、クラスメイトが先に場所を取っている。

 会話もそこそこに箸を進め、もう食べ終わるといったところで食堂は色めきだった。実は転入生らがついさっき食堂にやってきてざわついていたのだが、さらに生徒会と風紀委員会の面々が姿を現したのだ。

「また始まるか?」

「そういえば柿本は会長の親衛隊なんだろ? いいのかそんな調子で」

「俺はさ、見てるだけでいい派なの。かっこいい人がかっこよくそこに居ればいい。だから転入生は邪魔」

 最後のトマトを口に放り込み、そんなことを言う柿本は親衛隊の中でもヒラのヒラってところだろうか。

「あれ、尾張に突撃?」

「喧嘩のことかもな」

「それっぽい」

 彼も最後のサバを飲み込んで、箸を置いた。

「親衛隊と言えば、A組のやつらのあれもなんなんだ」

「聞こえてたのか?」

「ちょっとな。ゴール裏であんな喋ってれば聞こえるっての」

 何度かゴール前までボールを運ばれるシーンはあったが、概ねB組が攻め込んでいたため柿本は声出しを頑張っていた。

「あの岩楯は一年の親衛隊の中でもガチって有名だったから転入生とぶつかるとは思ってたんだよ。でもなんか、なぁ?」

「ガチっていうか、ガチだった」

「日本語どこいった?」

「俺としてはもう一人の、たしか、ななもり? だったか」

「斜森ね。あっちはあっちで会長様ガチ勢だから」

「ああ、そっちのガチの方がなんか、こう」

「ヤバそう?」

「日本語って難しいな」

 食べ終わった食器はタッチパネルで給仕を呼ぶか、自分で洗い場まで持って行くかのどちらかだ。今回は図書室に急がなくてはならないので、二人並んでおぼんを持った。

 洗い場はカウンター式になっていて、棚に置いておくだけで内側から回収されていく。その近くでは給仕が忙しそうに動き回っていたため、合間を縫って行こうかとタイミングを見計らっていたのだが、後ろから声をかけられた。

「お持ちしますよ」

「あ、ありがとうございます」

 一人の給仕がにこりと人の良さそうな笑みを浮かべ、二人分の食器を両手で攫った。彼にはその顔に見覚えがあった。

「ごちそうさまでした! いつもうまいっす!」

「おそまつさまでした。料理人に伝えておきますよ」

「あの。お世話になりました」

「いいえ。またのご利用をお待ちしています」

 ちなみに今日は配達してないスよ、と砕けた口調が耳元に届く。返事を、と思った時にはカウンターに食器を返す後ろ姿だったため、彼は何も言わず柿本と共に食堂をあとにした。

 残りの時間は図書室での勉強会に費やし、午後の授業は平穏に過ごした。

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