006《壮行》

 ———放課後・ターヘル学園・第一講堂にて

 

 第一講堂には多数の生徒が詰めかけていた。女子特有のおしゃべりの多さはどの世界でも共通のようで室内は都市の中心区にでもいるかのようだった。


 「で、なんで臨時の集会なんかがあるんだよ。なあレギウス、いらなくないか?」


 「ハハハ。仕方ないさユウヤ。これがこの学園のルールなんだ。何せ、うちの魔法師ユニットである《FreshOrange》が今回の騒動の的である《古代兵器》騒ぎにおいて、メイン討伐隊に組み込まれたんだ。それも先陣だ。こんな栄誉なことはない」


 「———他校に行けば男の魔法師がわんさかいるだろうに、何故女学院のあいつらが戦わなければならないんだ」


 「ああ、それはなぁ…………彼女らが強すぎて、他校の男子が模擬試合でボコボコにやられたんだ。それで、こういう騒ぎになったんだよ。しかも当時全員が一年生っていう最高学年が一人も入っていなかったという最強世代チームだしな。だから、余計に注目を受けるたのかもなぁ」


 元真面目だった雄哉は真面目じゃなかった風を装いながらレギウスと会話する。雄哉はこちらの世界に来た当初、彼女らが魔法師ユニットと呼ばれることにかなりの違和感をもっていた。なにせ元の世界では輝かしいアイドルユニットだったのだから。しかし、メンバーの名前と容姿は全く同じでしかも、性格も酷似していたのだ。 

 この世界へと連れてきた神様に文句を言おうとしても、設定が設定なので強く言えそうになかった。

 二人はその後も談笑していると急にライトが落ちていき、目の前に広がるステージに照明が向けられる。そこに立っていたのは俺を今回の事件に駆り立ててきた依頼主である蒼髪色白の美少女だった。


 『これより、臨時集会を始めます。生徒の皆さんは起立してください』 


 生徒会長であるユリカは威厳を持った声音で生徒を起立させた。

 その瞬間に訪れる静寂は先ほどまでの騒がしさとは正反対で、雄哉は改めてこの学校が由緒正しき名門校であると再確認する。

 そして、ユリカの慣れた司会により、集会は流れるように進んでいった。



 ★


 

 集会が中盤に差し掛かった頃だろうか。ここで今回出撃するおなじみの五人が紹介されることになった。前半はいろいろな事務連絡でかなり暇だったが、生徒の紹介は——かなり知っているが——見る価値はあるだろうと眠りかけていた脳をゆっくりを起こした。

 ユリカによる選手紹介が行われると同時に雄哉の意識がはっきりとしてきた。


 『今回、特別討伐隊として組み込まれることになった当校の精鋭部隊の五人を紹介します』


 その瞬間、会場が大きな大歓声を上げた。教師も生徒も事務員たちも皆が盛大な拍手で場が大音量に包まれる。

 隣ではレギウスがいつも通りうんうんと頷くだけで特に変わったところを見せなかったのがなんだか残念だったと雄哉は感じた。


 「なあレギウス。毎回思うけど、どうしてこんなに盛り上がるんだよ。俺は特に興味がなかったから気にしてなかったんだが」


 「ああ。まあ、彼女らはこの学校と地方の守護神みたいなものだからな。出撃しては手柄を上げてくるし、気品だってある。なんてったって、カッコいいもんな」


 「へーーー」


 守護神。そんな嘘っぱちなことを信じてたまるかと雄哉は思った。何せ、雄哉は直で彼女達の戦いぶりを見ている。基礎から何も発展していない、かつ実践というものを実践できていない残念な奴らだと認識している。

 先ほど聞いた男子との対戦の噂はおそらく可愛さにでも目がくらんだに違いないのだろう。そう思うことにした。

 さらに言えば、手柄の九十パーセントは雄哉が尻拭いをした結果である。残りの十パーセントは自力でやってのけた正真正銘の戦果。それは大いに褒められることだが、戦績がみすぼらしすぎる。

 それに、毎回ひれ伏している彼女たちはいい加減気付かないのだろうか?自分がやられて眠ってしまっている間に雄哉が片づけていることを。

 少なくともバカはいないこの学園だが、どう考えてもこの精鋭たちは怪しむところを怪しんでいないアホにしか見えない。

 雄哉は正直に言えばそのように思っている。だが、夢にまで見た二次元嫁との結婚を天秤にかければささいなことである。

 逆に言えば、嫁づくりに気を取られているせいで彼女達が全く進歩していないとも言える。 

 そんなことを考えていると、生徒会長が傍で待機していた五人の精鋭たちを舞台へと上がるように促していた。

 するとすぐに今回出撃する五人が姿を現した。いったん落ち着きを取り戻した会場が先ほどまでざわつく程度だったのに、彼女たちが姿を現すと一気に最初よりも壮大な大歓声に包まれ始めた。

 雄哉は入場していく生徒を見ていると、何げなく思ったことを口にした。


 「なあ、レギウスが監視者オブザーバーをしてる白髪はくはつの生徒の名前なんて言ったっけ?容姿と魔法属性とかは把握してんだけど…………その覚えるのが不得意で」


 「…………ん。ああ。俺の監視している生徒か?名前は霜月しもつきフリージアって生徒だが、どうかしたか?」


 雄哉の視線の先には雪を連想させるような白髪ボブカットの五人の中では一番小柄な女子生徒がいた。彼女が単位を取る教科に雄哉の担当するものは一つもなく、雄哉とは面識は全くない。

 だが、彼がこの世界に来る前は


 「———なあ。その、フリージアっていう生徒はいつもあんな柔らかいような硬いような…………どちらとも形容しにくい表情をしているのか?」


 雄哉は率直に聞いてみた。雄哉が彼女ら五戦士のカバーをしている役職にいることをレギウスは知らない。よって、ここでは自然にフリージアが初見であるように振るわなければならない。

 雄哉自身はフリージアが戦闘しているシーンをあまり目撃したことが無い(エリンが意外と心配で皆をそっちのけにしているだけ)。他の三人とはまだ面識がある方でたまに話したりする。

 これから共闘していく上で一番知らないフリージアの情報を得ることが重要であると考えた。


 「ああ。まあ、今は緊張でもしているからああいうふうになっているだけだと思うぞ?いつもは優し気な表情で俺に話しかけてくるし、いい生徒だよ」


 「ふ~ん。良い生徒さんで何よりですよっと。俺の監視対象は個人的に監視者オレを嫌っているからなぁ。本当に羨ましいぞ」


 「ハハハハ‼仕方ないさ、俺とユウヤが出会う前からああなっていたんだ。その原因を直で確かめたわけでもない。だから、なんだ…………がんばれ」


 「声援ありがとうございますよ。———っと、そろそろ紹介が始まるか」


 二人が話している間に準備が整ったらしく、雄哉は観覧者側のライトがじわりと消えていく様を感じながら、きらびやかに光る舞台に目を向けた。

 そして、ユリカの声で本当の壮行会が幕を開けようとしていた。


 『では早速ですが、今回討伐に向かう生徒五名に挨拶をしていただきます。まずは私側にいる有栖川さんからお願いします』


 本当に突然始まった壮行会。日本のようにいちいち起立するようなことはせずに会場が鎮まるのを待つこともなく、一番目に挨拶する人がマイクを握りしめた。

 何度も騒がしくなるこの空間の占領者たちは壇上に立つ赤髪の少女だけを見つめていた。

 制服の右胸に付く校章がデカデカと装飾されたバッジを付けている雄哉の監視対象者が落ち着き払った声音で話し始めた。


 『皆さんこんにちは。今回、討伐組に招集されました二年A組の『有栖川エリン』です。私はこの街を守るために私が大好きなこの学園が脅かされないように全力で倒していきたいと思います。皆さん声援を力にして、頑張ってきますッ‼』


 ワァァッ‼となる中、雄哉は一人感動していた。この光景は前の世界でよく見ていた『アカデミーガールズライフ』シリーズのアニメ第一期で放映された、彼女達FreshOrangeがライブする前の挨拶に酷似し、雰囲気がそのものだったからだ。画面の前でこの光景を毎晩のように眺めていた雄哉はとうとう実物を拝める日が来るとは微塵にも思っていなかった。それが、こうして現実となって叶っている。

 今までも同じようにこの壮行会を見てきたつもりだったが、今日ほどアニメとリンクしたと思わせるシーンは初めてだった。

 雄哉が涙の洪水を起こしているのをレギウスは母親のように温かい目で見ていた。そして、マイクは隣の人物へと渡された。

 その瞬間、雄哉の滝のような涙はピタッと止まり、次に挨拶する深い青色をした髪の持ち主を凝視する。そして、彼は破顔した。


 『皆様こんにちは。この度、私達五人の力を欲する人々の為に出撃することになりました。有栖川さんと同じくA組の『伏見アクア』といいます。いつもは家業である海運業の後継者として日々勉学に励んでおりますが、今回も全身全霊で戦い抜く所存です。よろしくお願いいたします』


 再度盛り上がる中、雄哉はこの生徒がのである。それは日本にいた時もこの世界にやってきてからも。

 そんなことを口には出せないが、彼女の監視監視者オブザーバーをリールがしていることも本当は嫌なのである。これはリールを気遣ってのことであるが。まあ、これには深い訳があるのだが今は誰にも話せない。


 続いて挨拶をするのは金髪碧眼少女。アニメではどこにでもいそうな設定の彼女だが、この生徒はかなり難アリのいわば問題児のような存在である。

 その少女がマイクを握りしめるなりの第一声が飛び出した。


 『みーーんーーなぁ‼こ~んに~ちわ~ッ‼今回ぃ、エリンちゃんがリーダーを務めるこのパーティでめぇ~ちゃくちゃ頑張ってきたいと思っている、『神楽坂シオン』でぇ~す!敵を一生懸命倒したいんだけどぉ…………その為にはみんなの声援が必要ですッ!…………ということでぇ、アレをお願いしたいなぁッ‼』


 またまた歓声が起きる中。どこから現れたのか、男女入り交じる軍団——しかも他校の生徒を含む——が『SIONE』と印字された鉢巻を額に巻いて舞台下に集まった。その数ざっと百人以上だろうか。

 女子高であるのに男子が入ってきている時点でかなり異常なのだが、先生たちは何も見ていないかのように動かない。

 駆け付けたファンたちは手に黄色いペンライトを持ち、振り上げる準備をしている。もちろん、その中にはとある教師も混ざっている———オタク教師ユウヤだ。 そして、前代未聞の異世界で行う最大級のコール&レスポンスが始まろうとしていた。


 『行ッくよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼シオンの《S》式ぃぃぃぃッ‼』

 『はあああああああああああああああああああいッ‼』

 『シオンッ‼』

 『SAIKOUッ‼(最高ッ)』

 『シオンッ‼」

 『SEXYッ‼(セクシー)』

 『あなたは私のッ‼』

 『SI・MO・BEッ‼(しもべ)』


 久々のコール&レスポンスは雄哉にとってかなり爽快だった。

 以前の集会でもこの時だけはばっちりと参加していたし、何よりアニメを見ていたときと同じコーレスで覚えていたため参加しやすかったのだ。

 本来は全員がアイドル(元の世界の話)だった為に一応全員分を知っているのだが、この世界ではどうやら一人分しか存在していないらしい。

 ただ、雄哉はアニメを見ていて思ったのだが、シオンのコーレスだけ異常にセンスがおかしい…………と、前までは感じていた。

 だが、実際にやってみると正直内容はぶっちゃけどうでもよかったようでウキウキしながらレギウスの横へと戻って行った。

 雄哉自身、異世界に来ようが推しにフラれようが腐ってもアニオタなのだ。


 シオンが「ありがとぉー」といいながら席に腰を下ろすのと同時に、コーレスをしに来た他校生らオタクたちはそそくさと散っていった。

 それと同じタイミングで雄哉もレギウスの隣に到着していた。汗がひたたり落ちている雄哉を横目にレギウスはどうしようもないという風にため息を吐く。

 レギウス自身、雄哉のように何かに熱狂することには大変無頓着。別に面倒くさいとかそのような気持ちではなく、ただのめり込むことができない。恋愛も同じで、好きな人ができるという感覚が良く分からないらしい。

 だから、雄哉のように全力で楽しむことができるのが少し羨ましいと思っている傍らで、彼のこのはっちゃけぶりにはいつも驚かされている。

 と、数分前まで行われていたファンサービス後半が再開する。

 シオンから手渡され、マイクを持ったのはサラサラした茶髪の乙女。胸囲がふっくらとしており、高校生ながら母性を感じさせる。

 若干筋肉質っぽいのか他の四人よりも少し体つきが良いようで、脚に付いた筋肉がニーソックスの上からでもしっかりと浮き出ている。五人の中で唯一日本人のような顔つきをしているのも特徴である。

 そんな壇上に立つ彼女に一気に視線が集まる。多数の視線に臆することなく、彼女は言葉を放つ。


 『こんにちは。二年A組の『四之宮ジュリア』と言います。招集されたからにはどんな敵でも倒していきます。よろしく』

 

 短い言葉で終わらせるクールさに拍手喝采の嵐が起きた。カッコいい系お姉さんキャラというのは雄哉にとって不可欠らしく、ウンウンという風に頷いている。

 ジュリアの仕事ぶりはポンコツメンバーの中でもまだいい方である、と雄哉は感じている。むしろ、ジュリアくらいの能力がないのがおかしいとさえ思っている。

 この世界の強さの基準が雄哉の想定するレベルよりも低水準なのかもしれない。しかし、それでも今までの敵に屈するようでは古代兵器をに打ち勝つなど夢物語。

 だから、雄哉的には誰一人として出撃して欲しくないのが本望である…………。

 

 ここまではかなり順調に進行していた。生徒たちも、最後に控えるフリージアの挨拶を心待ちにしていた。


 だが、フリージアによる最後の挨拶が始まろうとしたそのとき、事件は起きてしまった。


 『ドガァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーン』

 

 激しい爆裂音が第一講堂に衝撃と共に伝わって来た。


 その瞬間、雄哉は激しい動悸を覚えた。

 今までにない恐怖を胸に感じながら、音の鳴った方角を見つめた。

 

 

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