005《静観》

 生徒会長から秘密の指令を受けた雄哉は今、校内のとある場所で作業をしていた。なんでも、学院長から直接呼び出されたのだという。


 「あの学院長め。まーた俺をこんな物騒な場所に呼びやがって」


 雄哉がいるのは学院の一番北の隅にある物置小屋。

 学院内で一番古いと言われている第一講堂と比にならないくらい古めかしい造りをしており、地震大国である雄哉の出身国だったならば一瞬で倒壊することは目に見えている。

 このようなことから、信じられないくらい古いボロ小屋に近づくような生徒はいないだろうということでよく密談などで使用されている。

 雄哉が待ち続けること十分。入り口である錆びまみれのドアが甲高い音を立てながら開いた。中にいた雄哉にとってはかなりの地獄でしかない。

 ドアが開き、姿を現したのは小柄な体躯のジェントルマン。口にはシガレットを加えており、非常に健康志向なスモーカーをアピールする御年七十のおじいさん。

 彼こそがこの学院で長年にわたり指揮を執って来たターヘル学園第三代学院長。


 「スキーム学院長。またここに呼び出すのは良いんですけど、ドアの修理ぐらいしませんか。いつか開かなくなりますよ」


 「ほっほっほっ。ユウくん。ここは趣があって私は良いと思うんだが…………そうか、老朽化が激しいのはわかっておったが…………何せ私の妹が通っていたころにはピカピカのドアったんじゃが」


 「何十年前の話をしてるんですかッ‼お願いですから交換しましょう…………じゃなくて‼今日はどのような要件ですか」


 非常に穏やかな性格を持つ彼は、この地方でも有名なくらい威厳のない男と言われている。そのため、政府もこの学校に意見を通しやすいとか。

 薄汚れた室内に用意されている埃被ったパイプ椅子に腰を掛けるスキーム。その前で立ちながら話している雄哉の席はない。


 「ほっほっほっ。早速じゃが、ユウ先生。いつものごとく政府からお達しが来ておる。じゃが、今回ばかしは失敗が許されておらん」


 「———例の《古代兵器》の件ですか?その話なら…………」


 「ユリカ君に聞いたのじゃろ。話は聞いておる。彼女は人一倍正義感が強い上、周りの為に良く動く。そして、どうにかしたいという願いが暴走してしまうのだ」


 「……………………」


 スキームはユリカと、ここに来る前に対談していたらしい。ユリカの性格を幼少期から知っているスキームが彼女のしそうな行動を読んで、何かしたのではないかと感じていたらしい。そしてユリカを呼び出したところ、彼女は何かを隠していた。

 ただ、スキームが得意とする精神干渉系魔法【マインドリーディング】で雄哉との契約のことはもろもろ読み取ったらしい。精神系魔法技能をあまり得意としないユリカはそのようなことをされたことすら知らないだろう。


 「じゃから君の話を聞いて思いついたんじゃろ。我が校の精鋭部隊である彼女らよりも何倍も強い君ならばなんとかできるのではないかと。じゃがのう、それはあまりにも甘すぎる考えじゃ」


 「…………では、今回のお達しというのは」


 「古代兵器レイオンの討伐…………じゃが、裏でサポートをしている彼女らが今回はメインじゃ。今回の指令も、君はいつも通り静観することになっている。政府はどうしても我が校の精鋭部隊を試したいのだそうだ。じゃから、彼女らの身が最高危険度に達した場合のみ助力を許すとのことだ。死なせてはならん、ということも追加じゃ」


 「———このことを沢城は知っているのですか?俺が加担してはならないということを」


 「一応話した。それに今回は彼女にも無関係な話ではない。少しだけ概要を話したが、納得はしておらんかったようじゃ。君との約束のことが心に引っかかったのじゃろうなぁ」


 約束。いや、契約なのだろうか。どちらにせよ雄哉は守らなくてはならない。だが、政府から直々にお達しが来てしまった。静観しなくてはならないと。

 雄哉は不満だった。目の前で自分が嫁にしたいと相手が無様にやられる姿を黙って見なければならない。そして、懸命に頼ってきた生徒会長との約束を破らなければならない。

 雄哉は元オタクといえども中身は生真面目人間。小中学校で約束を破ることができないくらい真面目な様子から「堅物かたぶつ」というあだ名をつけられたことがあるくらいの優等生だった。アニオタの街道を歩み始めてからでも同じことだった。

 しかし、こちらの世界に来ると理不尽なほどに自分が持つ能力を酷使させられる上に、遅刻をすればペナルティを課せられる。そして、意中の相手には見向きもされない。

 嫌だった。率直に言って我慢の限界だった。雄哉は抑えきれなくなった言葉を必死で飲み込むのをやめようとした。だが、そんなことをしても意味がないと悟る。


 「君の心の中は大体わかっているんじゃ。見捨てたくないのじゃろ、あの子たちを。破りたくないんじゃろ、彼女との約束を。そんなの分かっておる」


 だったらッ‼と叫びたくなった。


 「———今を苦しむ若僧よ、聞きなさい。社会は理不尽だからこそ成り立っておる。社会は地位の持たぬ者には厳しく、高位の者達にはちょっぴり優しい。じゃがな、いずれは逆らわなければならん時が来るやもしれん。でも、それは今じゃない。心配をしてあげとるのはよーくわかっとる。ここで助けると彼女達は自分の弱さを痛感せん。じゃから約束を破る道を選ぶのが最優先じゃ」


 雄哉はスキームの話を聞いて納得する部分はあった。社会の理不尽さ、彼女らの成長…………それらはまだ納得することができた。有栖川エリンが戦うとはいえ、傷つくのは目に見えている。先日の戦闘であそこまでの弱さっぷりを見せつけられては確かに少ししごく必要があると感じた。だけど、それはやはり心が痛い。

 だが、ユリカとの契約だけはどうしても破りたくなかった。学園の精鋭たちが負けることは学園ブランドが汚されるということ。それを避けるたいがために、誰よりもこの学園を愛し、会長という重圧がのしかかる地位を守る彼女がただ強いだけの教師に頭を下げたのだ。プライドも高いだろうし、己のブランドが傷つくのも分かっていたはずだ。

 それでもユリカは頭を下げた。精鋭たちに任せるのではなく雄哉に倒して欲しいと、そう願ったのだ。

 それに応えて雄哉は了承した。別に報酬がいるとかいらないとかそういう次元の問題ではない。ただ、ユリカの熱い想いに感銘を受けたのだ。


 「学院長。俺は多分、人生で初めて自分から命令に反するかもしれません。今まで影から覗き、痛めつけられる彼女らを見るのを耐えながらそれでも勝利する彼女らの姿を見て、今日まで監視者を続けてきました」


 エリンの前では余裕を見せていた雄哉だが、ずっと心は痛かった。

 彼女がそれで成長するなら、彼女が戦い続けるのなら、と。

 でも、今回だけは敵のレベルが圧倒的に違う。何せ《運命戦争》と呼ばれた大戦で使用された殺戮兵器の一体だという。おそらく、彼女らは歴然とした力を見せつけられて勝負はあっという間に決着するだろう。

 だが、今までの手柄のほとんどが雄哉のものだったとしても《FreshOrange》が行ったと報告していた。それが今回裏目に出たのかもしれない。

 険しい表情を見せる雄哉にスキームが呆れたように言った。


 「———ユウくんが生徒会長とどんな契約をしたのかは知らん。じゃがな、試練というのは誰にでも存在する。相手が古代兵器とはいえ、引けは取らんじゃろうと私は信じている。先ほどから心を読んではいるが、真面目過ぎて読むのがしんどくなったわい。もう、私からは何も言わないから暴れるなり好きにするがいい。ただ、君の存在がバレるのは好ましくないから今回こういう措置を取っていたということを忘れるでないぞ」


 スキームはやれやれと言った表情で椅子から立ち上がり、そのまま出口へと向かいそのまま去って行った。

 取り残された雄哉は学院長の許しを得たということで政府に逆らう決意をした。正直、古代兵器討伐を生徒にやらせることに学院長もあまり乗り気ではなかったのかもしれない。でないと、意外と頑固者な学院長はあのようなことを言わなかっただろう。

 気を引き締め直した雄哉は、自分だけに守らなければならないミッションを与えた。

 

 

 

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