第一章 古代兵器と戦姫

003《襲撃》

 ―――総合暦1900年5月8日深夜・ターヘル地方東部・ウォータ州・マリアン市


 「ッッ‼私の剣技が効いてないッ⁉私達は名門ターヘルの選抜組なのに」


 赤髪の少女――有栖川エリンは右手に紅の鋼剣を掴みながら悔しげに言った。その矛先はエリンの目の前に立っている強靭そうな黒スーツの男性に向けられている。


 「―――お前らは名門ターヘル、しかも選抜組と言ったな。だが、お前からは強さのようなオーラが一つも感じられない…………今回の襲撃は簡単そうだな」


 「いやまだよ。私は貴方を倒してみせます。はああああッ‼」


 エリンは間合いを一気に詰める。そのまま自分の剣を振りかぶり詠唱を行う。


 「【火属性・フレイム】ッ‼」


 その詠唱の瞬間、紅の剣に円環陣が巻き付き炎を出した。そのまま勢いよく目線の先にいる大男に向かって振りかぶった。


 「はあああああああああああああああああッ‼」


 女子とは思えない雄叫びを上げて男の額を捕らえた。だが、男はその攻撃を簡単に受け止めてしまった。


 「【透明壁グラスウォール】」


 あと数十センチで当たりそうだった炎の刃は不可視の壁に阻まれた。エリンは阻まれた時の反動で元の倍以上の位置に押し返された。着地時に靴の底を数ミリ程すり減らす具合に後ろ向きに滑った。摩擦で煙が漂う。


 「な、なんで私の魔法と剣技が効かないのッ!私は名門ターヘルの…………」


 「名門…………それに拘っているお前は私には勝てない。到底不可能」


 男はエリンの方へと歩みを進める。

 現在二人がいるのは小さな噴水のある広場。幸いにも周りに住居は無く、甚大な被害が及ぶことは無い。だが既にいくつかのオブジェクトが破壊されていることから、かなり激しい戦闘が行われたことが予測される。

 

 「あなたに…………何がわかるって言うのよ。我がターヘル学園は国内においてトップレベルの戦闘技術を保持している。そのトップに君臨する私達は強い、そしてその中でも私は特に強いの。なのに―――」


 と、エリンが語っている最中、大男のどの部分からかは分からないが一発の銃弾が飛び出した。

 

 『ドウッン‼』


 「うっ、あああああああああああああああああ‼」


 エリンはどこからか放たれた銃弾に被弾した。狙われたのは右半身胸部上の辺りで、出血が始まりだした。慣れない痛みにエリンは叫ぶことしかできない。腕ならまだしも胴体部分を直で打たれたことがないエリンは激痛を耐え続けるしかなかった。


 「だから言っただろ。名門と語るが故の油断。お前には危機察知能力があまりにも欠如しているうえに自信過剰。とても戦闘向きとは言えない」


 「う、うう。な、不意打ち、だなんて…………」


 「お前は不意打ちに感じているだろうが、不意打ちも何も今は戦闘中。戦闘に休みなどない」


 大男は横たわるエリンを見下しながら嫌な微笑みを浮かべる。その笑みは先ほどの強面感を一掃してしまうほどに不愉快であり、おそらく誰も想像できなかっただろう。そして、隠し続けていた本性を現した。

 大男は弱り切ったエリンの上に跨り、エリンの顔面の横に手を突いた。


 「フ、フフフフ。フハハハハハッ‼これが噂に聞く上玉…………有栖川エリンか。確かに戦闘は部下以下の能力な上に自信過剰、口も悪いがそんなことは関係ないっ!艶のある肌をこうしてまぢかで見られる上にこのポジション取り、俺は今からこいつを喰らうことが可能ということだ」


 舌を出し、唾液を散らす。彼に先ほどまでの強靭なイメージは無くなり、ただの変態男にと化した。大男はエリンの両腕を一纏めにして掴み、空いている方の腕でエリンが着ている赤の装束を脱がそうと手を掛けた。


 「――やめてッ。わ、私の穢れのない身体を触らない…………くッ――」


 「ヒャッハアアアアアアアアア‼至高の一品を我が手に…………」


 大男が服を脱がそうとしたその瞬間、エリンが諦めかけた時だった。

 どこからか放たれた一発の銃弾が大男の肩を貫通した。血しぶきが立っている周りを赤く染めた。


 「グッッ‼な、グハァッ。―――どこから銃弾がッ!」


 「どーこ見てんだよオッサン。てめぇこそ油断してんじゃねえかよ。さっきあれほどこのバカに『油断している』とかなんとかほざきやがって…………」


 あと一歩でエリンが襲われようとしていた所にやって来たのはジャージ姿の若い男性だった。その若い男性は先ほどのやり取りを聞いていたらしく、そのことを付け加えながら大男に話した。

 だが、大男は自分のお楽しみを邪魔されたことに苛立ったのか、突然現れた謎の男に向けて咄嗟に詠唱を行った。


 「【飛礫バースト】‼」


 その瞬間、手に円環陣が現れ、そこから無数の飛礫つぶてが若男に飛来する。だが、若男には一つの傷もつかなかった。


 「――チッ。なんで当たらないんだ!ええい、もう一度…………」


 「【火属性・鋼砲ラスターカノン


 「アッ⁉」


 若男の手から大男に向け、炎に纏われた鉄の塊が直撃した。跨っていた状態から急に地面に叩きつけられた大男は何が起きたのか分からず、着地したところから若男を見ている。大男は右肩と腕が千切れているのにもかかわらず、立ち上がろうとしている。その間、若男は自分の真下で目を閉じ胸部から血を流している少女を見ながら詠唱を行った。


 「【治療法レメディ修復フィクス】」


 すると、みるみる内に出血が止まり、傷口が塞がれていく。まるで魔法………いや、魔法なのだが、いつ見ても何とも不思議な現象に感じられる。数十秒で終わると、治療を終えた少女は横たえながら苦んでいた先ほどとは打って変わり、緩んだ笑みを浮かべてそのまま眠りについてしまった。その光景を見ていた大男がやっと立ち上がり、若男に向かって言った。


 「おい…………貴様、一体何者だ」


 目は真っ直ぐ若男の方へと向き、殺意を抱いていることがよくわかる。自分がこれまで相手にしてきたレベルとは違う、そう感じているのかエリンの時とは正反対に警戒を決して怠らないというような姿勢を見せている。

 若男はただ一言。大男に向けて言った。


 「―――俺は教師……いや、社畜だな」


 「おいっ、真面目に答えろ貴様。そこら辺の社畜ごときが俺の身体を傷つけることなんか不可能なんだぞッ!おちょくりやがってぇぇぇ」


 「ん、ああ。そういや、名乗ってなかったな。俺は『ユウ』だ、よろしく」


 「別にそんなこと聞いてねぇッ‼チッ―――ここからは本気で行かしてもらう」


 大男の殺気は倍以上に増幅した。右半身上部と腕がないにも関わらず、その力は侮ることができない。ユウと名乗った男はそれを感じたのか、若干身構えようとした。だが、その隙に大男は魔法を繰り出した。


 「【光属性・電撃スパークッ】‼ 


 左手に黄色の円環陣が顕現し、そこから強威力の電撃が繰り出された。飛竜のごとく襲い掛かる電撃がユウに直撃しようとしていたその時、突如魔法が消滅した。


 「な、何故だ。貴様の目の前で俺の特大魔法が消えただとッ⁉」


 「――ハァ、別に消えてなんかねぇよ。俺が、自分の魔法力に変換してな。とてもありがたい一撃だったよ、大男。これで、


 「何言ってんだ貴様ッ。魔法が吸収されただとっ⁉そんな技術がある訳…………」


 「あーあーお前、自分の言ったことを忘れたのか?さっきから、『俺が』『俺の』とか俺って強調しすぎ。大体そういうやつは自信過剰らしいぜ?お前がさっきいじめてた女の子に言ってたことをそっくりそのままじゃないか」


 「クッ‼なめやがってぇぇぇぇぇぇ。【光属性・閃光斬せんこうざんッ】‼」


 大男が詠唱を唱えると、左手に光の円盤が出現した。大男は野球のピッチャーのスライダーのように円盤を投じ、その間に間合いを詰めて後ろのベルトに隠しておいた中剣を抜き、すぐさまユウの方へと走り出した。当然、ユウはそれらを同時に把握した。迫りくる閃光斬は吸収できるが、問題は間合いを詰めてくる大男の処理だった。


 「(さて、どうしよっか。閃光斬を吸収するタイミングで隙が…………)」


 と、ユウは何かを思いついたかのように急に詠唱を始める。もちろん詠唱中の魔法吸収は不可能で、避けることもできない。その中で彼は一つの魔法を選択し、盛大に放った。


 「【闇属性・死の宝玉デス・ボール】発動ッ‼」


 光属性の閃光斬は徐々に大きくなる死の宝玉デス・ボールに一瞬で吸収された。大男はその光景に目を見張りながら、脚を止めてしまった。その驚き様はこの世のものとは思えないと言った表情を浮かべていた。紫焔に輝く巨大な宝玉は消し炭になることを覚悟しなければ、到底立ち向かうことのできない威圧感を放っていた。その威圧感に今にも押しつぶされそうな大男は言葉を失う。


 「じゃあ、またどっかで会おうぜ。変態終末期おじさんよぉ」


 「や、やめろッ!そんな事すればこの街ごとッ…………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 闇の中に詠唱と共に出現した青い炎を纏う球状の魔法デスボールは地にゆっくりと降りていき、辺り一面を荒野に変えた。ノスタルジックな雰囲気の町は既に失われていた。

 男の叫び声は儚くも、特大の爆発音によってかき消された。近隣には人っ子一人いない場所であるため、誰も被害は受けない。廃町であるこの場所は元々全て破壊される予定だった為、丁度良かったとも言える。

 ユウは障壁を張っていたが自分が放った魔法にも関わらず、その威力の強さに少し後方に押されてしまう。目の前で木端微塵になった男を思えばいい方ではあるが。

 

 「うおぉ。少しばかりやり過ぎてしまった…………ま、誰も見てないからいいとしよう」


 収まらない余韻波はしばらく続いた。吹き荒れる粉塵がユウを襲い、目が開けられない状態に耐えなければならなかった。

 それと同時に後ろに控える彼女——エリンを守らなければならなかった。手一杯なりにも、ユウはエリンを庇う姿勢を取ってみせた。


 「(この世界に来る前の俺———いや、今の俺もだが、この戦姫に惚れてるんだよな)」


 先ほど負った傷はユウの魔法によって癒えていたが、細かなかすり傷はあちこちに残っていた。情けないとは思ったがエリンなりに頑張ったと思うと責めることはできなかった。それに、彼女に酷い態度を取られるようになった事の発端は彼自身にも原因がある。


 「さてと、有栖川を安全な場所に運ばないとな。それも監視者オブザーバー就任した当初に俺だけに課された使命。遂行しないと学校長とこいつの親父さんにぶっ殺される。手柄もどうせコイツの者になるし…………」


 ユウはふと思った。

 今は縁あって教師をしながら、有栖川の監視者オブザーバーとして生活している。だが、もともとの予定は違ったはずだ。


 「そうだよ。俺はコイツ———有栖川エリンを守るために来たわけじゃない。有栖川エリンというアイドルを追っかけて、そして本当の嫁にするために来たんだ」


 転生してきた目的を再確認するが、現在置かれている立場上のことを考えたら結婚など夢のまた夢。

 エリンの華奢な肢体を抱え上げるとそのまま向かわなければならない場所へと歩みを進める。

 ユウは腕の上に横たわるボロボロの制服姿のエリンに目を背けながら、自分自身の描いた彼女を想像しながら、真夜中の廃村から星を眺める。

 

 「ほんっとう。俺は何をしに来たんだかなぁ」


 誰にも分りはしない事情を抱える訳アリ教師。

 ユウ——いや、澤部雄哉は一筋の流星に願いを込めた。


 「俺は…………有栖川エリンという《女》がどうしても好きなんだッ‼」


 かなりの声で叫んだが、彼女はスヤスヤと寝息を立てている。

 恥ずかしさを捨てて、腕の中に意中の女性が眠っているとわかりながら、雄哉は天に聞こえるように叫んだ。

 

 「幻想で終わらせてたまるかっての」


 そう吐き捨てて、夜の廃村を駆け抜けていった。

 雄哉がスタートダッシュをかけた場所にはどこから落ちてきたのか分からない雫が落ちていた。



 ★



 「奴がしくじった…………だと?」


 言葉の一音が重い、図太い声。服を着ている上からでもよくわかる筋骨隆々の男は情報を運んできた若い美女に向けて問うた。

 胸のラインがくっきりと浮き彫りになっている美女は「ええ」と頷くと男の座るソファに腰を掛けた。そして、そのまま男の身体に寄りそう。


 「それで、奴は誰にられたんだ。アイツはうちの中でもそれなりに強い幹部だ。そんなに奴を倒すとは…………一体⁉」


 テーブルに置かれている強化ガラス製のグラスを手に取り、静かな宴を再開し始めた。ほのかな酒の香りが男の感覚を呼び起こしたのか、男は目を見開きながら、隣で同じく酒を飲む女にこう言った。


 「まあいい。そいつは虐めがいがありそうだな…………」


 「ええ、リュージャックなら負けはしないわ。何せ、相手は可愛らしい女子高生みたいらしいから」


 女は心底惚れているのか、リュージャックにいっそう寄り付き自分の身体を差し出す。リュージャックもそれに答えるかのように強めに抱き寄せた。そして、決意を露わにする。


 「フフ、そうか。そいつは俺が直々に手を下してやるしかないな。骨の髄までしゃぶりつくしてやる」


 ちびろうが泣きわめこうが容赦はしないというような表情。

 リュージャックは女と共に夜を共にすべく寝室へと向かった。

 先ほどお酒を飲んでいたグラスは見事に粉砕されていた。

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