第16話 トラさん

〈五月〉

 ここにきて半月ほど。

 今月は仕事終いの月だ。

「山田さんの事はどうするんですか?」

 山田さんとはトラの間の女性の事だ。

 目覚めは11月だから、それまで眠り続けることになる。


「トラさんを呼ぶわよ」

「へっ?」


 とらさん?柴又にいる人?


「トラさんは、うちの眷属。私の留守中にトラの間の管理をして守ってくれる役目をしてくれるのよ」「へぇ、そんな人がいるんですか?」

「まぁ『人』では無いけどね、獣人だから」


 山田さんの眠っているトラの間に入ると忍者が忍法を唱える時のような手の組み方をして、叔母さんが念を入れ始めた。

 すると叔母さんの足元から淡い光が現れて、その光が部屋全体に広がって一瞬眩し過ぎて目を閉じた次の瞬間、生暖かい風を感じて目を開けると30代ぐらいの少し色黒の男性が立っていた。

 風はいきなり現れた、その男性のまわりをつむじ風のようにしながら吹いている。


「真知子さん、こんにちは」


 男性は叔母さんの名を喋った。

 呼ばれた叔母さんを見ると、まだ目を瞑って手を組んだままだ。

 そして叔母さんが大きな息を吸うと、男性の周りに発生していた風が叔母さんの口に吸い込まれて行き、瞑っていた目も開けた。


「トラさん、こんにちは」

「真知子さん、もしかしてその子、真知子さんの後継者?」

「そうよ、文乃ちゃんっていうの今年から修行に入ったのよ。よろしくね」

「文乃です、よろしくお願いします」


 そう挨拶するとトラさんはニッコリ微笑んで私の頭を子どもに、いい子いい子するみたいになでた。


「文乃ちゃんっていうんだね、可愛いねぇ。俺はトラだ。この部屋を守る冬の魔女の眷属だよ」


 半獣だと言っていたけれど、見た目は完全に人間と変わらない。ファンタジー小説の挿絵などで見かける耳が尖っているとか尻尾があるとか、そういう事もない。服装だって一般の人のカジュアルな格好と変わらないから、このまま街中に出ていっても普通に溶け込むのではないだろうか。

 ただ背は少し高めでガッシリとはしている。毛深い手も大きくて、さっきから私の頭を撫でるだけではおさまらず、肩まで抱いてきている。


「いつまで文乃ちゃんに触っているのよ」

「だって柔らかくて可愛いんだもん」

「文乃ちゃん、嫌だったらどけて良いからね。トラさんはヤラシイ意味は無いのよ。ただペットが飼い主に戯れたり甘えたりするように擦り寄るのが大好きなのよ」


 男の人に触られているのに、嫌な気はしない。叔母さんがペットと言ったけれどホント、そんな感じだ。

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