25

「基本システムチェック終了。火器管制も問題無し。ライフルは模擬戦用の物に換装。その他搭載火器も模擬弾頭モデルに換装。……だいたいはオッケーだな。ヨハンナ、そっちは?」

模擬戦当日。出撃前の最終準備を終えたクリストフは、隣の『オーディナルナイト』に乗るヨハンナに話しかける。

『制御系のチェックとライフルの換装は終了しました。手榴弾はどうしますか?』

「手榴弾は外すか。派手に爆発させて、装甲板に傷つくのやだしな」

『了解です』

ヨハンナが機外の整備兵にその趣旨を伝えたのか、彼らが慌ただしく『オーディナルナイト』に取り付き、手榴弾特大の爆発物を取り外している。

「(間違って落とすなよー……。一個でも落としたら皆吹っ飛ぶんだからなー……)」

新兵も混ざっているらしく、先任の兵が指導しているが、その手つきは危なげだ。

「ヨハンナ。新兵に手榴弾触らせるのやめさせたら? 金玉縮むんだけど」

『それは整備主任に言ってください。それと、縮んだ金玉は戻しておいてくださいね』

「珍しい。ヨハンナが下ネタにまともに返してきたぞ」

『いちいちツッコむの疲れたんで』

「あ、そういうことね……」





「海上での演習か。ヨハンナ、よろしく頼むよ」

『ええ。では、演習を開始しましょう』

ヨハンナの開始宣言を受けたクリストフは、対抗機である『オーディナルナイト』へ、一気に距離を詰める。早速火器管制レーダーの照射を知らせるアラームが鳴ったが、それすら気にせず突っ込んでいく。

さすがにヨハンナも焦ったか、射撃の照準が合っておらず、ほとんどの砲弾が明後日の方向へ飛んで行った。

「(ライフル照準完了。照射!)」

演習で『実弾』を使用したレーザーライフルは使えないので、レーザー弾を模した指向性の光を浴びせる。

対抗機に照準を合わせていたが、ヨハンナは銃身の動きなどから着弾点を予測し、機体を巧みに操り、難なく回避してのけた。

返す刀で対抗機の持つアサルトライフルの銃口が三度光り、二発は海に着弾、最後の一発は左肩にモロに当たり、派手な火花を散らした。

「ビット一番から五番、自立駆動で起動。ライフルはサブマシンガンモードに切り替え……うぐあっ!?」

損傷を知らせるアラーム。クリストフがタブを呼び出しチェックすると、脚部、それも推進機のある辺りをやられていた。

「(現在の推力は八十パーセント……。二十の差は痛いな。まだ対抗機について行けそうだけど、かなり無理な形になるか……)」

無理に負荷をかければ、推進機が壊れてしまう。最悪、推進機どころか大元のエンジンまでイカれてしまうかもしれない。

「挙動が同じパイロットとは思えないね。やっぱ天才かよ」

機械的にプログラムされた動きが大半だが、まるで人間のような動きも混ざっている。

「……出来るのかよ。このエースパイロット 天才を倒すなんて」

実戦ではない。実戦ではないから、胸を撃ち抜かれても死ぬことは無いし、機体がグシャグシャに壊れることもない。

しかし_______

「……あいつの動きから、感情が読み取れない」

俺は機械と戦ってるのかよ、と毒突くクリストフ。あそこまで人間離れした挙動を見せられては、そう思うのも無理はない。

流れる冷や汗。高Gによって血液が足に向かうせいか、極度のプレッシャーのせいか、視界が暗くなり、思考が散漫としてしまう。戦術が組めない。『勝ちへのビジョン』が見えない。_______そこから来る焦りが、クリストフの運命を分けた。

「_______はっ!?」

気づけば汗で顔は濡れ、パイロットスーツもじんわりと湿っている。そして何より、

『……先輩。体調が優れないのですか? それとも、無礼を承知でお聞きしますが、やる気が無いのですか?』

呆れを含んだ後輩の声。呆れながらも心配しているが、銃口はしっかりコックピットに向けていた。

「……やる気はあるけど、実力がついて来れてなかった。降参。なんならしっかり撃墜判定取っても良いけど?」

そう無線越しに伝えると、容赦無く銃口が火を噴き、モニターが青色のインクに染まった。

「(容赦ねえー……)」

演習の結果は、『オプティカルスナイパー』の撃墜で終わりを告げた。





「先輩。なんだか最後の方の挙動が落ち着かないようでしたが、体調が優れないのですか?」

演習終了後、ヨハンナが心配そうな面持ちで話しかけて来た。

「……なんかね、『勝利のビジョン』が見えないっていうか、お前とやってると、必ずどこかで撃墜に繋げられる可能性を潰されるんだ。こう、分かれ道がどんどん塞がれるみたいにさ」

「ストライダー同士の戦闘は先の読み合いに終始しますが?」

「お前に限っては読み合いする余裕すら無い一方的な戦いワンサイドゲームなんだよ」

地力が違うのか、クリストフは演習中、終始ヨハンナに引導を渡されていた。

パイロットとしての技量はもちろん、戦術面ですらヨハンナ後輩に劣っていた。

その事実が、クリストフのなけなしのプライドを傷つけた。

「……悪い。俺、先に兵舎行ってるから」

「はい。……あの、先輩!」

「何?」

「今回の演習、不快にさせてしまったのなら謝ります。……ごめんなさい」

善意からの謝罪が、クリストフをさらに傷つける。

「(情けないなぁ。後輩に負けたくらいで折れかけてんの……)」

顔に無理やり笑いを貼りつけて、クリストフはその場を後にした。

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