23
数週間後。
ようやく怪我の完治したクリストフは、いつものパイロットスーツではない、『資本主義連合』軍の正装に身を包んでいた。
「これ着るのも久しぶりだな。中尉になった時以来か」
「私達はパイロットスーツが軍服みたいなものですからね。あ、先輩。足は大丈夫ですか? 杖持って来ましょうか?」
「いやいや。大丈夫だよ。……そろそろ行こう」
「はい」
ぶっちゃけ式典と言っても、高校の入学式なんかと大差無いようなものだった。
まず部隊の指揮官が開式の辞を述べ、次に『資本主義連合』の大統領から、部隊に向けた労いの言葉が送られ、軍上層部のお歴々の祝電が披露された。
そしてようやく新しい階級章が授与される。名前を呼ばれたクリストフは、長時間座ったせいで痛む尻をさすりながら壇上に立った。
大統領が厳かに銀色の『大尉』を表す階級章を手に取り、クリストフの制服、その襟元に取り付ける。それを確認した彼は一歩後ろに下がり、敬礼。降壇し、席に戻ると、割れんばかりの拍手が彼に贈られた。
「よう。十七で大尉ってなあ凄いじゃねえか。普通にヒラの兵隊やってたら、一等兵だの良くて上等兵だってのに、もう部隊の副官クラスまで上がりやがって。羨ましいなあおい」
「十二歳から軍にいるからね。これでも結構ベテランなんだぜ?」
世界のあちこちで戦争している現代では、十代、二十代の士官、三十代の佐官なんていうのは、特段珍しいものでは無くなりつつある。ストライダーパイロットとして軍に入る者もいるので、それらも考えると、もっと多くなる。
「ところで、『オプティカルスナイパー』はどうなったんだ? もう戻って来たのか?」
「色々兵装とか変えてな。ハンドガンを連発式にして、エンジンもより出力出せるヤツに換装されてる。お前に黙ってたのは悪いけどよ」
「パワーアップしてんじゃん。別に改悪されてないなら良いよ」
「そうだクリストフ。次はどこに飛ばされんの? 俺達」
所変わって基地の整備場。新品の機体の整備を終え、手持ち無沙汰になったアダムスが、興味本位でクリストフに問うた。
「噂じゃアラスカらしいよ。『社会主義同盟』の極東方面軍とバチバチになってるとこ」
「アラスカねえ。俺達こないだまで、大西洋にいたよな」
「優秀な部隊は忙しいんだろ。来週には現地入りだってさ。基地の人達は輸送機でひとっ飛びだけど、俺はロンドンからアラスカまでストライダーを持ってかなきゃなんないからなあ……」
「アレだよな。爆撃機みてえにさ、機内に冷蔵庫なんか置きゃあ良いんだ」
「あんな狭いコックピットに冷蔵庫なんか置けるか。一般兵より多少味の良いレーションだけが友達なんだよ。移動中は」
運用思想にもよるが、たいていのストライダーのコックピットは、計器類と座席、モニターがあるだけの簡素な造りだ。爆撃機のように、長距離を移動して戦闘を行う事を前提に設計された機体はともかく、『オプティカルスナイパー』には、冷蔵庫を搭載するだけのスペースは無い。
「パイロットのレーションは、グラノーラとかクラッカーとか、チョコレート、ガムみたいな嗜好品も付いてきますね」
「パイロットのやる気の有無は大事だもんな」
「やめろよ。俺みたいな一般兵がどんなレーション食ってるか知ってて言ってんのか?」
「『美味いと本当に必要になる前に食べてしまう』って理由で、わざと不味くしてるんだっけか」
「そ。もうちょい美味く出来ないのかね。俺達はいも味の練り物食うために戦争やってんじゃないんだぞ」
不満げに愚痴を吐くアダムス。おそらく彼の言い分は、ほとんどの兵士が思っている事だろう。
「……モニター一面、海と氷だらけだ。何か生き物出てこないのかな。可愛い系の」
場所は変わって北米ヴィクトリア方面。さっきから海と氷のオンパレードで、クリストフは色々しんどくなりつつあった。
『シャチなんかどうですか? 並走できたら楽しそうですけど』
「エンジンの爆音、エアクッションが吹き上げるバカみたいな水飛沫。並走なんか出来っこないよ」
『出来ませんか』
「出来ませんね」
しばし沈黙が続く。堪えかねたクリストフは、頭部バルカン砲の制御ウインドウを閉じ、新しくウインドウを開く。途端に機内に、大音量のユーロビートが流れ出す。
「別に対人・対車両戦なんてやんないだろうし、制御ウインドウ開いてても無駄だよな」
『確かに海上じゃ確率低いですよね。対艦戦ならハンドガン使えば良いですし。っていうか無線機越しに聞こえるくらいうるさいんで、音量下げてもらえませんか?』
「……なんかごめん」
素直に従うクリストフ。今度こそ本当に暇になってしまった。
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