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結末から言えば、『オプティカルスナイパー』は、着陸の衝撃で大破。特に脚部・腰部の損傷は深刻で、『部隊での修理は不能』と判断され、軍の兵器工場に送られる事となった。しかし、ヨハンナが不慣れな機体であれこれ姿勢制御を試したおかげで、コックピット内部のパイロット二人は、奇跡的に骨折や軽い打撲、捻挫程度の怪我で済んだ。

「……痛ってぇ……」

全身の痛みに顔をしかめるクリストフ。足の骨折に加え、頭部打撲、さらに高速戦闘によるGの影響で、肋骨が肺に刺さっていたらしい。

「まともに歩く事も出来ない先輩のために、私が何か買って来ましょうか?」

「病み上がりだろ? 無理するなって。せっかく療養目的で休暇が貰えたんだから」

クリストフの世話を申し出たヨハンナも、左腕を骨折していた。

「『オプティカルスナイパー』の修理が終了するのは三週間後。私達の休暇は二週間。余ったのはどうするんです? まさか、病室でずっと寝てるつもりですか?」

「そんな暇無いだろうね。今日は『お客さん』がいっぱい来るだろうからさ。……ほら来た」

ノックも無しに、病室のドアが開く。ずかずかと鬼の形相で入って来たのは、我らが指揮官、オリヴィア・アルフォート中佐であった。

「あー、えー……、いや、申し訳ございませんでした……」

「誠意のかけらも感じられない謝罪はいらん。……クリストフ。私は『二人で無事に帰って来い』と言ったわよね?」

「実際は機体が工場送りになって、パイロットは二人とも負傷しちゃってますけどね。やっぱり営倉行きですか?」

「あれは冗談。けど、機体がぶっ壊れたせいで、私達は戦闘行動が出来なくなった。その件の反省はしてもらうわよ」

はてさて反省文百枚かトイレ掃除か、それとも屈み跳躍か……。

「反省文百枚を提出した後、整備部隊に出頭すること。ヨハンナ。お前もだ」

「はい。私も反省文を書くんですか?」

「いや、お前は良い。その代わり、クリストフを見張っててくれ。もしコイツが逃げ出そうとしたら、シメてやっても構わないわ」

さらりと告げられたオリヴィアの一言に、クリストフの顔から血の気が引いた。

「きゅっと」

「いや、ベキッとやっても構わないわ」

「了解です」

「(え……? 俺殺されんの? その音だと首折れますけど?)」

頭の中が疑問符で埋め尽くされるクリストフ。こちらを見るヨハンナの目が怖いのは気のせいだろうか。

「それとクリストフ。お前に良いニュースがある。今回の作戦で、クーデターの首謀者を殺害し、強奪された『宗教国家連邦』軍の第三世代機を破壊したそうだな」

「ああ、はい。また反省文ですか?」

「良いニュースだって言ったろ。今回の功績を踏まえ、お前を一階級昇進させると、上層部からのお達しよ」

つまりクリストフは『中尉』ではなく『大尉』となる。

「新しい階級章はまだ授与されないんですか?」

「お前の怪我が治ったらな」

それだけ言ったオリヴィアはペンと紙を机に置き、立ち去ってしまった。

「……さあ先輩。反省文を書きましょう。逃げようとしても無駄ですからね。きゅっ、ですから」

「むしろ積極的にやってくれよ美少女と密着出来るからなッ!!」

「ぶっ殺しますよクソ野郎」

いつも以上に辛辣な目を向けられ、縮こまってしまうクリストフ。もしかしたらタマも縮み上がっているかもしれない。

しぶしぶペンを持ち、机に向かうクリストフ。百枚なんて書けるわけねえだろ的なオーラが溢れている。

「……ああクソッ! せめて五十、いや三十枚だったら良かったのに……」

「言ってるわりには筆の進みが速いですね」

「終わったらヨハンナが褒めてくれるかもしれないっていう希望が俺のモチベになってるからね。さあ書くぞ全てはヨハンナのナデナデのたm」

「聞くんじゃなかったあ……」

ヨハンナが額に手を当て崩折れる。クリストフ変態野郎の変態ぶりに、ヨハンナも限界のようだった。

その時、唐突に病室のドアが開かれ、アダムスが気持ち悪いほどのニコニコ笑顔でやって来た。

「よう大尉殿! 美少女と二人っきりの病室は楽しんでるか?」

「お前が入って来たせいで台無しだよクソ野郎。あとそのキモいくらいのニコニコ笑顔と変なテンションやめろ」

「そんな事言うなって! 俺だってお前に言いたい事あんだからよ」

「何だよ?」

「工場送りになる前の機体を調査したけど、Gメーターの最高値がイカれてやがったぜ。どんなアクロバットやったらああなるんだ? え?」

「スラスターの噴射痕とか、エンジンの方は調べたのか? 宇宙での高機動戦闘なんて、あれくらいかかるだろ」

机に向かいながら適当に答える。ようやく半分書き終えたところだが、先はまだまだ長い。

「オーバーヒート寸前だったんだぞ!? なんならエンジンごと機体が爆発して、お前ら二人とも空に逆戻りだ!」

「いや、それは悪かった。反省文書いたら整備場の方に行くから、好きなだけぶん殴ってくれ」

「サンドバッグで練習してるぜ。待ってるからな」

手をひらひらと振り、病室を去って行ったアダムス。サンドバッグで練習するあたり、おふざけでは無く、本気で殴るつもりなのだろう。また衛生兵の仕事を増やしちまった……とゲンナリするクリストフなのだった。

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