21

青い光線が交差し、光の剣が両機の急所コックピットに迫り、共にそれを間一髪のところで防ぐ。

『うっぐぇ……。体がギシギシ言ってるよ。高機動戦闘なんて、やるもんじゃないね』

上下左右に加え、前後に急加減速を繰り返す弊害で、クリストフの体は悲鳴をあげていた。あまりのGに、骨が二、三本折れてもおかしくない。

『……バカみたいな鋭角機動、人間業じゃない判断速度……。コイツ、?』

ようやくその事実に気づくクリストフ。さっきは怒りで頭がいっぱいで、この事実を聞き逃してしまったのだ。

『言っても人工知能なら、何か弱点があるはずだ。弱点が……』







「『ゼウス』は人工知能が操っている……」

ヨハンナは独り推測していた。

「(あの機動や判断速度。人間が操っているのなら、到底不可能です。となるとやはり『アテナシステム』が……)」

「やあ。『試合観戦』は楽しいか?」

「味方の機体が圧されています。一方的な試合を観ているようで、胸糞悪い」

唾棄するような目で、バーグレイを見据えるヨハンナ。だがやはり、バーグレイは押し殺したように笑うのみ。

「『一方的な試合』って、そりゃあそうだろう。片や所詮は『人間』のパイロット、片や『全能』の人工知能。『ゼウス』には、全て視えているんだよ。『勝利へのビジョン』が」

「……あなたは『ゼウス』まで使って、一体何をするつもりなのですか?」

「世界を単一宗教で統一する。その為なら、俺は手段を選ばない。俺だけじゃあない。地上の同志達だってそうだ」

「『改革派』の人間ですか」

「ああ。そうだよ。ちなみに『保守派』のノイマン中佐は殺した。何せ邪魔だったからさ」

まるで虫を潰すような気軽さで人を殺めるこの男に、ヨハンナは恐怖を覚えた。一般兵とはいえ屈強な男。自分は抗いきれるだろうか……。

『……よお……ソ野郎……』

一本の通信が入った。発信元は、

「何だと……。バカな。あり得ない! 『バルバトス』は通信妨害を受けているはずだ!」

『チャンピオンはK.O.させてもらったよ。王座防衛は失敗だな。『元チャンピオン』?』

さあっと、バーグレイの顔から血の気が引いていく。

「そんな……。『ゼウス』を撃墜するなんて、そんな事、出来る訳無いだろう!? あれは全ての戦況に対応して、最適な方法で敵を墜とす! たかが『人間』が、抗えるような機体じゃ無いはずだ!」

『まさか人間が作った人工知能が、本当に『神の頭脳』だなんて思って無いよな? 『人間』ごときに、『神様』が再現出来る訳無いだろ』

「……クソッタレが……っ!」

バーグレイはギリギリと歯ぎしりをすると、顔を真っ赤にして吼えた。

「ここに来やがれクソ野郎! パイロットだとか関係無え。八つ裂きにしてやる!!」

『……ああ。良いよ。それと、人質とちょっと話させてくれ。死んでなければだけど』

「先輩。私は生きていますし、何もされていません。ご安心を」

『ヨハンナ。お前は俺の可愛い後輩だし、技術面じゃ、どう考えてもお前が先輩だ。……地上に帰ったら、今度こそ模擬戦しよう。約束だ。次すっぽかしたら、俺の部屋のベッドの下のヤツ、全部捨てたって構わない』

「約束ですよ?」

『うん。今行くからな』

そこで通信は途切れる。ナイフを抜き、身構える。ここ宇宙空間で銃は使えない。






『ごふ……っ。クソ、高速戦闘のツケが回って来た……。軍医に診てもらわなきゃな……』

こちらは『ハルマゲドン』内部に入ったクリストフ。予備のパイロットスーツを抱えている。

殺人的なGをかけながらの戦闘に耐えきれなかった体が、ついに悲鳴をあげた。血で真っ赤に染まったバイザーを跳ねあげ、視界を確保する。

通路をしばらく進むと、扉を見つけた。ロックされていない。

「(ここか……?)」

スイッチを押し、扉を開く。

「ようこそ。そしてさようならだ。ここがお前の墓場だよ」

「……ふざけんな。俺の墓場はロンドンに建てるって決めてるんだ。宇宙なんかで死んでたまるか」

「そうかそうか。まあ、俺はお前がどこで死のうが関係無え。……かかって来いよ」

クリストフは予備のパイロットスーツを投げ捨て、自分のスーツから大型の軍用ナイフを引き抜き、教本通りの姿勢をとる。

そのまま床を蹴り、ふわりと宙に浮かぶ。感覚としては水中戦に近いのか。クリストフはバーグレイに詰め寄り、ナイフを横に薙ぐ。

初手は空振り。返す刀で、バーグレイがナイフを突き出す。これも空を切る。

「(バーグレイ大尉は、軍の新兵訓練部隊で、ナイフ術の教官を務めたと聞きました。……先輩との差は互角、いや、微妙に先輩が圧している……?)」

「(仮にこいつが格闘術の名手でも、パイロットには勝てない。……喉を裂くと見せて、金的喰らわすか)」

飛んで来た突きを腕でそらし、喉元にナイフを突きつける……と見せかけて、クリストフは思い切り、バーグレイの股間に膝蹴りを叩き込む。

「ぐぅう……っ!!」

「ふっ!」

怯んだ隙に、ナイフを一閃。怯んだのが仇となり、クリストフの突き出したナイフは、バーグレイの喉に深々と突き刺さる。そのままギチギチとナイフを押し込み、筋肉を引き裂いていく。

バーグレイが動かなくなったのを確認し、クリストフはナイフを引き抜く。刃が血にまみれているのも気にせず、鞘に収めた。

「せ、先輩!」

「ちょっと待って! 俺今すんごいキレてるから、六秒だけ待って。深呼吸するから」

すーはー、と深呼吸を繰り返し、パチンと自分の頬を張るクリストフ。

「……良し。ヨハンナ、無事?」

「ええ。パイロットスーツ以外は、所持品を全て取り上げられましたが……」

「了解。ぶっちゃけお前が死んでなければオッケーだよ。『二人で帰って来い』が任務だったから、俺一人で帰ると、首が変な方に曲がった状態で営倉送りになっちゃうからさ。……帰ろう。オリヴィアさん達が待ってる」

パイロットスーツを投げ、目で『着ろ』と指示を出す。……腕やら足やらがダボダボだ。クリストフ男性用のものを無理矢理着ているから、当然なのだが。

「先輩。帰りは私が操縦しましょうか?」

「出来るの?」

「基本的な操縦系統は同じはずです。……それに先輩、何だか顔色も悪いし、さっきから目線があってませんよ? 少し休んだ方が……」

「そうか。それなら……たの……む……」

「……っ!? 先輩!?」

無重力なので、そのまま倒れこむというような事は無いが、反射的にクリストフの体を支えるヨハンナ。彼の腕を自分の背中に回し、壁をトンと蹴り、入り口まで進み、通路に出た。壁に『この先エアロック』と、『宗教国家連邦』の公用語で書いてある。出口は近い。






「……あれですね。先輩、頑張ってください。聞こえてるかは知りませんが」

ヨハンナは先にクリストフをコックピットに押し込み、次に自分が座る。そもそも機体が二人乗りを想定したものでは無いので、だいぶ窮屈だ。

「(固定ベルト無しで、地上への着陸に耐えられるでしょうか……。なんなら、負傷している先輩だけ固定して、私はフリーのままで行きましょうか)」

衝撃に耐えられる保証は無い。最悪、機体の下半身がぐしゃぐしゃになり、整備兵がこじ開けたコックピットから、二つの死体が転がり出てくるかもしれない。

しかし、それでもやらなければならない。

「(一パーセントでも出来る可能性があるのなら、実行する。それがパイロットですから)」

ヨハンナはコックピットハッチを閉め、システムを起動。第三世代機の情報量に驚愕しつつも、発進準備を完了する。

「(先輩、これだけの情報を、コンピュータのサポートがあるとはいえ、一人で処理していたのですか……)」

そんな事を考えつつ、メインエンジンに火を入れ、『ハルマゲドン』を離脱した。

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