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『クリストフ。お前が宇宙に上がったら、私達は地上からの支援しか出来なくなる。友軍がいるとは言え、油断するなよ?』

『分かってます。まあでも、クーデター軍が持ってる兵器なんて、たかが知れてますよ。そりゃあ多少被害はあるかもしれませんが、被撃墜数が五割超えるとかは無いでしょうよ』

『油断するなって言ったでしょ。私からの命令は一つ。ヨハンナを連れて、二人で無事に帰還しろ。失敗したら、お前は営倉行きだ』

『了解。経理の連中に念押ししといてください。『無事に帰還出来たら、ボーナスを百ドル追加してくれ』って』

『……一考しよう』

こんな交信をしながら、クリストフは機体の機関に火を入れる。機体の電源が、バッテリー駆動の予備電源から、プラズマエンジンを使った主電源に切り替わる。

『こちら射出管制。ヴィンス中尉。射出の準備は出来ましたか?』

部隊の人間ではない、軌道エレベータ側の射出管制官だ。落ち着いた、芯のある声をしている。

『こちらヴィンス。カタパルトが機体の足を掴んで離してくれない。惚れられたかな』

『了解。機関回転数を二百まで上げてください』

ジョークはキッチリ無視され、管制官はそれを気にした様子もなく、工程を消化していく。

クリストフも指示に従い、スロットルを開く。エンジン音が甲高いものに変わり、計器に表示されたメーターが、一気に右側に振り切れる。

『エンジン定格出力に到達。いつでも行けます。カウント、五秒からどうぞ』

『カウント開始します。五、四、三________』

ガイドレールに備え付けられた誘導灯に明かりが灯り、空へ繋がる一本の『道』を作り出す。

『________二、一、射出!』

最後の二文字を聞き取る前に、クリストフの体に、激烈なGがかかった。あまりの強さに、一瞬気絶しかける。

『(うわああちょっマジこれ死ぬって体潰れるううううっ!?)』

その時の事を、彼はこう語る。

「________正直死ぬかと思った。何せ、筋肉モリモリタンクトップの天使サマを幻視するくらいだったからね」






「……ここは……?」

目を覚ますと、そこには宇宙。ガラス張りの壁に、自分の姿が反射している。

「お目覚めかな? アルファーノ少尉」

「っ!?」

「おっと。銃を抜こうってもそうはいかないよ。武器類は全て、こちらで没収した。今の君は、パイロットスーツを着ているだけだ」

二十歳後半から、三十歳前半辺りの男。男の手には、拳銃が握られている。

「……バーグレイ大尉。この事件の首謀者は、あなたなのですか?」

『バーグレイ』と呼ばれた男は、『ああ』と、悪びれる事なく返答した。

「少尉。言っておくが、詮索はしない方が良い。今の君は『人質』だ。俺の機嫌を損ねたら、即刻ズドンだ」

ブラフだ。ヨハンナは即座に見抜いた。ここで脅しのために発砲すれば、後ろのガラスに命中し、穴から空気が吸い出され、監禁どころではなくなってしまう。

「……大尉。私はどこへも行きません。銃を収めてください。、ここではただの鉄くずです」

「そうかいそうかい。パイロットの少尉殿は、銃を鉄くず扱いするのか」

「違う。ここで撃っても、双方に被害を及ぼすだけです。……もう一度言います。銃を、しまってください」

バーグレイは『くつくつ』と笑い、銃を収めた。

「……さあて、俺も準備があるから、行かなきゃならない。少尉。脱走なんて無駄な事、考えるなよ?」

「生身の私に宇宙遊泳をしろと? 私の先輩と同じくらいつまらないジョークですね」

「……チッ」

派手に舌打ちし、バーグレイは通路へ出て行った。途端にヨハンナの全身を安堵感が襲う。

「……ふう」

一息つき、彼女は誰もいない部屋で、一人漂いながら呟いた。

「……早く来て……先輩……」






『おあああああ長すぎじゃねえのこのエレベータはぁああ!?』

一方こちらは絶賛グレイアウト中のクリストフ。

高Gを知らせるアラームがビービー鳴るコックピット。クリストフはそれを気付け薬代わりにして、何とか意識を保っていた。

『(あとちょっとで宇宙だ。バーニアスラスターの準備しないと……)』

この環境でまともに体を動かす事は難しいが、彼は気合でそれを実現する。

揺れるしうるさいし体は重たい最悪の状況だが、人間はこんな環境でもまだ動ける事を発見するクリストフ。彼の脳内では、その功績を称えられ、勲章を授与され、札束風呂でウハウハする光景が再生されていた。

長いトンネルを抜けた先には、漆黒の空。体が軽くなり、自分が宇宙にいる事を認識させる。

先に上がっていた機が多く、二十機はいるだろう。

『こちら『宗教国家連邦』軍、第一五重機甲大隊。『プロメテウス』だ。そちらは『資本主義連合』軍の『ヘイムダル』で間違い無いかな?』

軍用の国際通信回線を使用した通信だ。

『ああ。こっちは友軍の救出に来たんだ。そっちは『背信者』の始末か?』

『ご名答。人質を取るなんてベタ過ぎてお腹いっぱいだ。そろそろ刺激が欲しいところだな……っと、レーダーに感。『プロメテウス』、戦闘行動を開始する。我らに神のご加護があらんk________』

ザザーッ! と通信にノイズが入る。それに前後して、一筋の光条が『プロメテウス』を貫く。

『(狙撃!? クソッ!)』

弾かれたように、各々が回避行動を取る。まだ実戦経験の浅い新人が駆る機も多いらしく、まともに回避行動を取れない者もいた。

挙動不審に陥った機体を、敵機は容赦無く撃ち抜いていく。ここは宇宙で、通信回線も切断しているはずだというのに、撃墜されたパイロットの断末魔の叫びが聞こえてくるようだった。

『こっちの視界外から連続で、しかもコックピットを正確にぶち抜くとか、どんなバケモンが乗ってるんだよ!』

悪態をつきながら、右へ左へ動き続ける。多少なりとも照準をずらせるかもしれないという希望的観測に基づき、クリストフは動く。

『……ようこそ。二ヶ国合同軍の諸君』

暗号も何も施されていない、平文の通信。おそらく他の機にも届いているだろうし、地上の友軍部隊にだって聞こえているだろう。

『誰だアンタ!?』

『バーグレイ・イスカリオテ。『宗教国家連邦』軍の大尉さ。自己紹介だけしてフェードアウトするのもつまらんな。今、君達を攻撃している機体の紹介でもしようか』

バーグレイは余裕のある声で続ける。

『宇宙戦専用の第三世代『ゼウス』。長砲身のレーザーライフルが主兵装だ。そして副兵装……飛び道具としては、『資本主義連合』が血眼で探していた『アレ』を装備している』

目にも留まらぬ速さで、『それ』はやって来た。

『レーザービット……そういう事かよ!』

都合十基。でたらめに多い訳でもないが、その速度を追いきれず、友軍機が次々串刺しにされていく。

『オプティカルスナイパー』に搭載された望遠カメラが何かを捉えた。拡大してみると、神々しいまでに白い機体。それがライフルを振り回し、光線を解き放つ。ほとんど薙ぐような動きについていけず、数機が爆炎に包まれた。

『(最初に撃墜された人達はともかく、今まで生き残ったってんなら、相当な手練れのはずだぞ!? それをこうもホイホイと……)』

まず大雑把にライフルで撃ち落とし、残った敵機をレーザービットで串刺しにしていく戦法らしかった。

『っていうか、オリヴィアさん達は把握してるのか? いや、こんなのイレギュラー過ぎる。把握どころか、データベースに載ってるかも怪しいな……』

若干の不信感を抱きながらも、地上の部隊へ通信を送る。しかし、

『ノイズまみれ。まさか、アイツゼウスが電波妨害してるのか!?』

だとしたら本当に独りだ。何から何まで、クリストフ一人で考え、実行しなければならない。

とかなんとかやってるうちにも、味方は数を減らしていき________






『ついにお前一人だな。最後まで生き残った事を称えて、良いことを教えてやろう』

『人質に手を出したとかなら、お前の居場所を逆探知して吹っ飛ばす』

修羅の如くいきり立つクリストフ。鬼をも殺しかねない怒気を前にしても、バーグレイは『くつくつ』と笑うだけだった。

『人質とはおいおい会話させてやるから、とりあえず落ち着けよ。大事な事を聞き逃すかもしれんぞ? 『ゼウス』は人工知能が操っている事とかな』

『そこで待ってろ。ぶっ殺しに行ってやるから』

『……ハハハッ。楽しみにしてるよ』

最後まで人を見下したような通信だった。クリストフは頭をフルフルと振り、怒りをリセット。操縦桿を握り直す。

『レーザービット。十基全てを自律駆動に切り替え。攻撃開始』

意思を持った光の刃が、『ゼウス』に迫る。決戦の始まりだ。

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