18

「ようやく帰って来ましたね!先輩。この埋め合わせはキッチリしてもらいますから!」

「オーケー。街に行きたいんだって? それなら注意点がいくつかある。一つ目は、路地裏には絶対入るな。二つ目は、俺から離れるな。最後に、変なヤツに絡まれたら無視する。オーケー?」

「分かりました」

 今日のヨハンナは、妙にテンションが高い。何か良い事でもあったのだろうかと推測するクリストフだが、その原因が自分自身である事に、彼は気づいていないらしかった。





「先輩、シャコ焼きって美味しいんですかね?」

「食べてみようぜ。おばちゃん。これ二つ」


「先輩、何かお祭りやってますよ! 行ってみましょう!」


「コーラ味のホットケーキ……炭酸麦茶付き……」

「やめろ。そりゃ俺達が食べるには早過ぎる」


「先輩! これすごい綺麗ですよ!」


「先輩、これ欲しいんですけど」


「先輩」


「先輩________」





 時刻は夕方。丸一日付き合わされ、クリストフはゲッソリしていた。

「ヨハンナ……もう、満足か……?」

「もう一つ勝って欲しい物が」

「もう財布がスッカラカンだよ。これ以上何買えって……?」

「この指輪です」

 二つで一セットの指輪。どう見ても高級品だ。値段は________

「……こっちの安いので良いじゃない。どれも同じだろ?」

「先輩。お願いします。……思い出にしたいんです。今日の事」

 深々と頭を下げるヨハンナ。クリストフは躊躇のないその行いに、少し気圧されてしまう。

「そこの彼氏さん。付き合いたてかい? 彼女さんの為にも、買ってやりよ。安くしとくぜ?」

 店主はそう言って、値札を貼り替えた。桁が一つ下がる。

「今日はこのお嬢さんにかかりきりだったから、もう持ち合わせが無いんだ」

「何ぃ? 持ち合わせが無いのか。そりゃあ困ったねぇ……」

 店主は『うーん』と考え込み、 ポンと手のひらを叩いた。

「仕方ねえな。タダだ。千ドル分の損失はどうにかして埋めっからよ。ほれ」

 クリストフの手を掴み、指輪の入ったケースを握らせる店主。

「良いのか? 持ち合わせが無いって言っても、十ドルくらいはあるぞ?」

「そいつは将来の為にとっときな。……ま、軍人にとっちゃ、千ドルなんか端金だろうがね」

 ギョッとするクリストフ。まさか、この店主は見抜いていたのか?

「おっと。ジョークのつもりだったが、当たりか? まあ良いや。それ指輪は俺からのプレゼントだ。彼女は大事にしろよ?」

「ああ。ありがとうな。それと彼女じゃなくて後輩だよ」






「クリストフ、アダムス。よく来たな。座りなさい」

 大西洋上の艦隊、その空母の艦内。

 時刻は夜更け。この間と全く同じパターンで叩き起こされたクリストフとアダムスは、指揮官オリヴィアの居座る士官室への呼び出しを喰らっていた。

「時差ボケもここまで来ると正常なんじゃないかって思えるよ。まだ夜中でしょう?」

「眠れないから朝まで語ろうぜってヤツだろ。……うわっ、危ね!?」

「座れよ。無駄口叩かずにな」

 派手な舌打ちを連続させ、机をトントンと叩き続けるオリヴィア。二人は何も身に覚えが無いが、相当怒っているようだ。

「……今日お前達が潜ったブラックマーケットから盗んだものだが、あれは我が軍の軍事機密に間違いない。クリストフ。お前の仮説は証明されたよ」

「『宗教国家連邦』が、レーザービットを保有していて、そいつを流したヤツも、例のバーナードってヤツで確定ですか」

「そうね。それと、バーナード自身にも動きがあった。『宗教国家連邦』の国境警備隊から、連絡があったの」

「国境を越えたんですか?」

「ええ。それに、『宗教国家連邦』軍でもゴタゴタが起こってる」

 オリヴィアはパソコンを操作し、とあるニュースサイトを開く。


【『宗教国家連邦』で軍事クーデターか。軍将校一人死亡】


「おいおい! これってヤバくねえか?」

「クーデターって、『宗教国家連邦』は何があったんだ!?」

「詳しくは分からない。諜報部が探っているが、時間がかかりそうだと言われたわ。……何だ? 艦内が騒がしいな……」

 不審に思ったオリヴィアが士官室の扉を開け、通路に出た瞬間________

 ズドカァッッ!! と、『音』なのかも怪しいほどの爆音を響かせ、何かが着弾した。距離は分からないが、相当近い。

 着弾の余波で、三百メートルを超える空母がグワンと傾き、クリストフは壁とキスをし、アダムスがクリストフの背中に顔を埋めるハメになった。

「……っ、被害報告!」

 頭から血を流したオリヴィアが、備え付けの無線機をむしり取り、艦橋の兵へ指示を飛ばす。

『駆逐艦『ゴールドコースト』沈没! 爆発で吹っ飛んだ残骸を浴びた駆逐艦『ウィルソン』も小破! 本艦も、着弾の余波で負傷した者が何人かいます!』

「負傷者の救護と、漂流者の収容を急いで! それと、どこから撃たれたかは分かるか!?」

『初撃で『ゴールドコースト』がやられた時、空からレーザービームが落ちて来たように見えました。……中佐? 中佐?』

 オリヴィアは絶句した。現代において、レーザービームを撃てる航空機は存在しない。仮に艦隊に接近していたら、早期警戒機が、すぐに探知していたハズだ。今回はそれが無く、いきなり攻撃された形になる。

「……データでは、『資本主義連合』も『社会主義同盟』も、レーザービーム搭載の衛星は運用してなかったな?」

『我々は偵察衛星のみ。『社会主義同盟』は、キラー衛星を運用しています。しかし________』

「『宗教国家連邦』だけは、運用していたな」

 ギリ……ッと唇を噛むオリヴィア。強く噛みすぎて切れたのか、血が流れていた。

 ゴグンッ! と何かがぶつかる音がして、再び艦が揺れた。散発的に銃声も聞こえる。

『せ、潜水艦!? どさくさに紛れて来たっていうのか!?』

「何だ!?」

『潜水艦です! 兵士を満載していやがる!』

「総員白兵戦用意! 拳銃でもバールでも良い! 死にたくなければ武器を取れ!」

『お前達は甲板に行け』と、短機関銃を渡されるクリストフ。

「オリヴィアさんは!?」

「私は艦橋に行く。すぐそこに直通エレベーターがあるから、問題無いよ」

 互いに、『気をつけて』と無事を祈ると、三人は真逆の方向に駆け出した。





「敵兵は何人いるんだ? 倒してもキリが無いよ。こんなんじゃ」

 遭遇戦の連続だった。短機関銃を持ったクリストフが先頭で、拳銃だけ持ち、戦闘は本分でないアダムスは、それについて行く形だ。

「お前が『オプティカルスナイパー』に乗っちまえば、俺達の勝ちさ。急ごうぜ」

「クリアリングしながらだから足遅くなるんだよ。急かすなって」

 甲板に通じる通路の角を曲がった瞬間、

「ちょっ!」

 敵兵が顔を出した。クリストフはすかさず額に二発ぶち込み、敵兵を黙らせる。

「ここまで来てるのか!?」

「とにかく急ごうぜ! 甲板行きのエレベーターはあっちだ!」

 顔を出して見ると、見える範囲に敵兵はいない。さっきの彼は『迷子』だったようだ。






 甲板は、てんやわんやの大騒ぎだった。

『オプティカルスナイパー』の整備中に襲撃され、整備部隊も混乱しているのだ。

「主任! クリストフが来ませんよ!?」

「黙って装甲板を張り替えんか! 口より手を動かせ! 手を!」

「センサーの調整が未了です!」

「そんなもん、坊主が勝手にやる事だ。お前は足回りをやれ!」

 整備兵達の報告に、ほとんど怒鳴り声に近い形で指示を飛ばす。そこへ、クリストフ達が息を切らして駆け寄ってきた。

「坊主! お前待ちだ! さっさと乗れ!」

「言われなくとも!」

 クリストフは仰向けの機体をよじ登り、コックピットハッチを開放。中へ滑り込むと同時に、ハッチを閉じる。システムを起動・調整し、出撃準備を終える。

『クリストフ!? 何をしているの!?』

「艦首に横付けしてる潜水艦をぶっ飛ばします。余波でこの艦もひっくり返るかもしれませんけど!」

『馬鹿野郎! 無線を聞いてなかったの!? お前に向けて喋ったはずよ!』

「無線? 俺をピンポイントで指名して通信なんて、何があったんですか?」

『……ヨハンナが連れ去られた』

 ハンマーで頭を殴られたような感覚だった。

「……連れ去られた? 誰が、何の目的で!?」

『確証は無いが、『宗教国家連邦』軍だろう。あっちのクーデターに、さっきのレーザー攻撃。そして妙にタイミングの良い襲撃』

「これの本質は『資本主義連合』の艦隊を襲撃する事じゃなくて、ヨハンナを連れ去るための作戦……って訳ですか」

『多分な。既にヨハンナは潜水艦に連れ込まれたはずよ。よって、友軍である我々は、あの潜水艦を攻撃出来ない』

『クソッ!』と毒突き、コンソールを殴るクリストフ。

「……あいつら、どこに行くつもりなんだ?」

『敵の基地か、それとも研究施設か……。とにかく、ろくな場所では無いだろうね』

「俺達に出来る事は?」

『まずは私の方で情報を集める。そしたら部隊の総員に向けて、作戦を説明。クリストフ。お前の方でも準備しておけ」

「了解。とりあえず寝るんで、子守唄歌ってもらって良いですか?」

『これから私は上官の少将サマに怒られに行かなきゃならない。その一部始終を流してやっても構わないが?』

「あーやっぱ遠慮します」

瞬時に真顔になり、拒否の意を示すクリストフ。オッサンのダミ声聴きながら眠るなんて、そんなハイレベルな事は出来ない。

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