17

「ようこそ。君達を待っていたよ」

『秘密基地』の扉を開けると、中年のおっさんが顔を出した。ただでさえむし暑いこの街が、さらに暑くなったように感じる。

「(美女じゃないんだ……。美女じゃないんだ……)」

「(戻って来いクリストフッ! 現実逃避してんじゃねえ!)」

 真っ白に色の抜けたクリストフをガクガク揺すり、強引に彼の魂を引き戻そうとするアダムス。

「軒先で話すのもなんだ。入りたまえ」

「し、失礼しやーす……」

 真っ白な悪友を背負い、中に入るアダムス。

「そっちの彼は、赤だの黄色だのでカラフルだな。ゴミの山にでも突っ込んだのかい? それと、酸っぱい臭いがする」

「『宗教国家連邦』系のチンピラとやり合いましてね。こいつが全部片付けちまった」

「やるなあ。……自己紹介がまだだったね。私はヘンリー・ラングレー。諜報部の大尉だ。よろしくな」

「アダムス・ウィルソン一等兵っす。兵科は整備兵で、こっちのはクリストフ・ヴィンス。階級は中尉で、『ストライダー』パイロット」

 未だ真っ白な悪友を小突きながら紹介する。小突いていると、はっとクリストフが目を覚ました。魂が戻って来たらしい。

「えっと、これどういう状況なんですか?」

「そっちの人は諜報部のボスで、ラングレー大尉だと」

「君達の事は聞いてるよ。……今回の作戦は、我々諜報部と合同だ。何故『ストライダー』パイロットと整備兵がここに送られて来たかは分かるね?」

「『ストライダー』の設計図が横流しされてるとか何とかって」

「詳しい事はまだ不明なんだ。『ストライダー』丸々一機の設計図なのか、兵装の設計図なのかは、まだ分からんね」

『未確定の情報教えてこんなとこに飛ばしたのかよ』とキレる二人。ヘンリーは二人を『どうどう』と鎮め、アヴァリティアの地図を広げる。

「我々の位置がここ。街の北部だ。で、例のマーケットは中央。我々が適当な騒ぎを起こして客の気を引くので、君達は裏口から潜入してほしい」

「了解」






 アヴァリティア中央区。

 クリストフはアロハシャツにカーゴパンツ、アダムスはタンクトップに短パンというラフな格好で参上した。

「タバコみたいなお菓子と、ビニールの小袋入りのそれっぽい錠剤に葉っぱと白い粉。『小道具』の準備も完璧って訳か」

「この街じゃあやってないヤツ探す方が難しいくらいだからな。怪しまれんだろ」

「俺達がヤク漬けみたいに思われるんじゃない?」

「それが正常なんだよ」

 表の方で乾いた銃声が連続して鳴った。諜報部の偽装か、そこらのチンピラか。

「どの道表で『パーティー』が催されてんならやりやすいぜ。行くぞクリストフ」

「このお菓子美味いな。一本やるよ」

「バリボリ言わすな聞こえたらどうすんだよッ!? ……どうもな。うめぇわ」

 鉄扉を開けて中に入ると、戦車が二人を出迎えた。

「『社会主義同盟』軍の第二・五世代戦車だ。砲塔の弾薬配置に問題があって、わりと頻繁に誘爆するヤツ」

「大砲付き棺桶とか豪華すぎかよ。見た目がカッコいいの腹立つな」

「プロパガンダっていうか、カッコ良く作って士気上げましょうなんじゃない?」

 ここら一体は戦車を置いておく場所らしかった。よく見ると、装甲車も混じっている。

「全体的に『社会主義同盟』製が多いな。整備性良くて扱いやすいらしいらしいから、それで武装組織にバカ売れしてるのかね」

「知るかよ。おい、戦車見てねえで設計図探せよ」

「はいよー」

 適当に返事を返し、棚やテーブル、引き出しなど、それらしい所をしらみつぶしに探していく。

「無いなあ。もう売れたのかな?」

「そしたら俺達の首も売られるだろうな。出品者はオリヴィア・アルフォートって名前の軍人でさ」

「おっかないねえ。タマが縮むよ」

「俺の首はプライスレスさ……、ん? おいクリストフ。これ見てみろよ」

「何だ? 売り物の女のスリーサイズか?」

「見つけたんだよ。それっぽいの」

 アダムスの肩越しに見ると、それは『ストライダー』の兵装の設計図だった。銃器とも近接兵装ともつかぬそれは、クリストフの駆る『オプティカルスナイパー』にも搭載されている、『資本主義連合』の軍事技術の結晶。

「________レーザービット。しかもこれ、『宗教国家連邦』って、何であいつらが……?」

 明らかにおかしい。基本的に型落ち品しか無いようなこのブラックマーケットに、最新鋭の兵器の設計図がある事もだが、問題はそこではない。

「……盗んだってのか? 軍のサーバーにアクセスして、軍事機密を……」

「トップシークレットなんだろ? できる訳ねえに決まってる!」

「ああ。最新鋭兵器の技術情報は、何十、何百ものプロテクトに守られてる。閲覧には少将以上の階級が必要で、それも限られた人間だけだ。外部から馬鹿正直に侵入するなんて、無理なはずなんだよ。……内部に協力者がいない限りは」

「じゃあ、軍の少将以上の誰かが、『宗教国家連邦』と繋がってたってのか!?」

「多分な。こいつはかっぱらってズラかろう。オリヴィアさんに連絡しないと」






「……クソッタレが。そういう事だった訳ね……」

 オリヴィアは大西洋上の艦隊、空母の士官室で、般若の形相を浮かべていた。

『犯人は特定出来ました?』

「お前の仮説が証明されそうだ。『バーナード・カイン』。技術開発部の中将で、『宗教国家連邦』とも繋がりがあると噂されている」

『じゃあそのバーナードってのをひっ捕らえれば、万事解決ですね?』

「そうもいかないのよ。今回は」

 オリヴィアは目頭を押さえ、辛そうな表情を浮かべる。

「お前達が入手したのは『完成予想図』で、『設計図』じゃなかった。ここはもう、設計図は全てあちらに渡ったと考えるべきね」

『そんな』とクリストフが悲嘆にくれた声をあげる。

「……ま、今のところバーナードにも『宗教国家連邦』にも動きは無い。お前達は予定通り、休暇を楽しみなさい。それとクリストフ。ヨハンナが『模擬戦の埋め合わせに、街に連れて行け』だそうだ。忙しいな。世話役」

『押し付けといて他人事かよ。人使い荒いなあウチの指揮官は』

『ひっ』と、悲鳴をあげるクリストフ。原因はオリヴィアの表情にあったのだが、ここでは割愛する。

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