16

「やって来たぜ。『アヴァリティア』」

 空港ターミナルビルを出ると、湿った熱気が肌を撫でた。

「あっつ……。おいクリストフ。何か飲み物持ってねえか?」

「そこで売ってんじゃないの? 値段高いけど」

「バールか何かでぶっ壊されてた。んで、お釣りの取り出し口に挟まってたのがこれ」

 そう言ってアダムスが押し付けたのは、ヌメヌメしたゴムと、何か錠剤が入っていただろう型紙。

「……誰だよ。こんなとこでサカった野郎は?」

「空港でおっ始めんのは笑えねえな。やるならホテルでやれっての。『アヴァリティアのルール』ってヤツならしょうがねえけど」

「……酷いルールだ。笑えないね」

「おい見ろよ。あの税関の兄ちゃん、ライフル抱えてるぜ。しかも『社会主義同盟』製の型落ち品。アフリカなんかでよく見るヤツだ」

 木製ストックの無骨なアサルトライフルを抱えた青年が、入国者に目を光らせていた。もし『不審者』がいれば、即座にあのライフルが火を噴くだろう。

「『最も人を殺した兵器』って、世界記録になったヤツだろ? ……いや、もしかしたらあの税関、『社会主義同盟』のスパイなのかもしれないけど」

「よせよ。いくらこの街が治安最悪で鳥のクソ感覚で銃弾が飛んで来るスパイ天国だからって、どいつもこいつもスパイって訳じゃねえだろ?」

「まあ、民間人はいるみたいだけど……」

 そのほとんどが、銃を所持している。下は小学生くらいの子供から、上は白髪の生えた老人まで。この街で銃を持たないというのは、中々に危険な事だ。

「さーて、行きますか。クリストフ、諜報部の連中が陣取ってんのってどこだ?」

「ここを真っ直ぐ進んで、交差点右折したら『ビック&パティ』っていうダサい名前のハンバーガーショップがあるから、その路地裏に入って、三つ目のビル。……あっ、ちょっと待ってな」

「何だよ? 女のメアドでも落ってたのか?」

 駆け出そうとするアダムスを引き止め、拳銃を抜くクリストフ。ギョッとするアダムスだが、クリストフは拳銃を明後日の方向に向け、三発ほど発砲した。

「ロケット砲持ってるヤツがいたから、黙らせた」

 頭を撃ち抜かれた男は、ロケット砲を担いだまま後ろに倒れ込む。倒れたはずみで砲弾が発射され、天井のガラスに着弾。砕けたガラスが、派手に飛び散っていた。

「良し。行こうぜ」

「お、おう……」

 周りの人間が騒いでいるのに、彼に動揺した様子は無い。『ハエがうるさかったから殺した』みたいな気軽さだった。






「いやー世紀末だね。ほんとに鳥のクソ感覚で弾が飛んで来る。そこらの戦場より人死んでるんじゃないかな?」

「ここに来た時点で戦争やってるようなもんだろ。なんせ相手は『私服の軍人』だからな。マフィアかもしんねえけど。……おい、一時方向に三人。短機関銃持ってっから気をつけな」

「はいよ。皆撃ち合いなんかしないで、平和的に行こうじゃないの。『ラブアンドピース』だぜ」

 空港を出た二人は、早速面倒事に巻き込まれていた。どこの誰かは知らないが、他人の縄張りに入り込んでしまったらしい。

「こいつ、『宗教国家連邦』軍か? あるいは系列の武装組織かマフィア」

「は? 何で分かんだよ?」

「銃の種類をよく見ろよ。『R-40』って銃だ。改造すれば機関銃にもなる優れ物」

「……これ、俺らが使ってる型落ち短機関銃のパチモンじゃねえか」

「例のブラックマーケットで出回ってたのかね?」

「知るかよ。まあ、『夜の営み用の女から戦車まで何でも手に入る』っていうようなマーケットじゃ、あり得なくもねえが」

 アヴァリティアの治安が悪い理由も、そのブラックマーケットにあるのだろう。際限無く武器を放出するようなマーケットがあれば、自然とマフィアや武装組織が集まり、武器を手にした者達による抗争が始まり、治安が悪化する。せっかく作った街がクソの掃き溜めになるのも嫌なので、各国も軍を派遣するしかない。しかしアヴァリティアが都市である以上、『正規の手段』で攻撃すれば、国際法に引っかかるため、仕方無くスパイなどの『非正規の手段』を使うしか無いのだ。

「諜報部の秘密基地はすぐそこだ。行くぞ」

「ちょっと『掃除』してくる。すぐ終わるから待っててくれ」

 そう言うとクリストフは敵の目の前に身を晒した。敵の数はざっと見積もって十人。そのほとんどが短機関銃で武装していた。

「なんだ。以外と少ないんだな」

 散歩でもするかのような気軽さで歩くクリストフ。敵兵がそれを見逃すはずも無く、すぐに彼に照準を合わせてきた。

「悪いね。急ぎの用事があるから、構ってらんないんだ」

 そう言うとクリストフは跳躍し、正面の男の脳天に三発、右から殴りかかってきた男の鼻っ柱をへし折り、地べたに這わせ、左の男の鳩尾に肘打ちを喰らわせノックアウト。

 死角を突いたつもりで背後から迫る二人には、それぞれ銃弾が三発ずつプレゼントされた。

「これで半分」

 クリストフは地面に降り立つと、正面からまとめてかかってきた三人を蜂の巣にし、体当たりを敢行せんと突っ込む男の腹に膝蹴りを入れ、ゲロの海に沈める。最後の一人は逃げ出したが、その背中に風穴が開き、男は倒れ、動かなくなった。

「……えっぐ……」

「アダムス悪いな。ちょっとやりすぎた感があるのは認める。それと、パイロットが超人なのもね」

「……パイロットは皆こうなのか?」

「人によるけど、対人戦はよほどの事が無ければ負けない。ただの兵士に負ける方が難しいね」

「俺お前に喧嘩売らないようにしとこ」

「女性兵士の風呂を覗く時は俺も誘えよ。お前だけ良い思いはさせないからな」

「……オリヴィアの姐御にも勝っちまうだろ……」

「ガチギレすると、俺の首を九十度回転させる人だからなあ。怪しい」

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