欲望と闇の街
15
「クリストフ、アダムス。お前達にはこれから、特別な任務が課せられる」
うだるような暑さの夜。夜中だというのに叩き起こされて指揮官室に来てみれば、これだ。
「特別な任務? 敵軍と繋がってる将校サマをやれだとか、マフィアになりきって潜入とか?」
「まあ、そんなところね。今回お前達に行ってもらうのは、北米東岸の都市『アヴァリティア』だ。聞いた事はあるか?」
「『資本主義連合』『社会主義同盟』『宗教国家連邦』の三ヶ国が共同で開発したってヤツですよね? 何でまたそんなとこに?」
アヴァリティアは『国際協調』の名の下、いがみ合う三ヶ国が開発した都市だが、実際には各国軍の諜報機関や部隊、武装組織にマフィアが溢れ返り、およそ都市と呼べるほどの治安ではない。
「諜報部が、アヴァリティアのブラックマーケットで、ストライダーの設計図が横流しされているとの情報を掴んだ。お前達には、諜報部と共に、それに介入してもらう」
「ちょっと待ってくださいオリヴィアさん。そういうスパイ映画みたいなのは、諜報部の仕事じゃないんですか?」
「クリストフはともかく、俺みたいな一般兵にどうこう出来る問題じゃないっすよ」
口々に不満を垂れる二人。オリヴィアはそれを手で制すると、困ったような顔つきで口を開く。
「私もな、部隊の要であるパイロットをこんな任務に就かせずに、諜報部に丸投げしてやりたかったんだ。が、『ストライダー』が絡む以上、『その道の専門家達』に頼らざるを得なくなったって訳。分かった?」
「俺がハードで、クリストフがソフトって事すか」
「そ。諜報部の連中でも、『ストライダー』については知らない事が多い。しかしパイロットなら、ある程度の知識があるだろ?」
「なるほど。隠密作戦みたいな感じなんですか?」
「私は私で、設計図を横流ししたクソジジイを炙り出さなきゃいけないの。『演習』って名目で、大西洋上に居座るつもりだけど、アヴァリティアが都市である以上、国際法の縛りで、大規模な軍事行動は出来ない」
艦隊を組んで大西洋を遊弋するが、具体的な軍事行動には出られないという事だ。
「……まためんどくせえ仕事だな。おいクリストフ。さっさと終わらせて、ラスベガスに遊び行こうぜ」
「マフィアと軍と武装組織がひしめいてて、街中でドンパチやるような街で作戦が上手くいくと思うかよ? 絶対何かの陰謀でコケるね。百ドル賭けても良い」
「先輩。模擬戦の約束はどうなったんですか?」
指揮官室から自室へ帰る途中、パイロットスーツの至る所を黒く汚したヨハンナに出くわした。
「ごめんヨハンナ。急に任務が入っちゃって、終わるまでは出来なさそうだ。ところでヨハンナは、何でそんな汚れてんの?」
「昨日、私の新しい機体が来たんです。駆動系にオイルを注していたら、いつのまにか汚れていたみたいですね」
「整備兵に任せれば良いじゃん。別にパイロットしか触れない部分を扱う訳じゃないし。むしろ、毎日の整備でやる部分だぞ?」
一般の整備兵に任せられない重要な部分は、パイロット自ら整備するが、パイロットが整備するのは基本的にそこだけで、他の雑多な部分は整備兵に丸投げ……といった感じだ。
「私の機体は、私が整備してこそなんです。日頃から機体に触れていれば、機体もそれに応えてくれるはずでしょうから」
「機体が恩返ししてくれるのか?」
「私の実力が、さらに発揮されるといったところでしょうか」
「……俺も整備した方が良いかな?」
「自分に合ったように
パイロットとストライダーは、一心同体のようなものだ。整備兵が完璧に整備しても、『センサーの感度が少し鈍い』や、『どこそこの反応が過敏すぎる』など、パイロットにとっては違和感を感じる場合がある。
その調整にかかる手間を省くためにも、パイロットが整備に携わる事は、良い事と言える。
「……おっと、ヨハンナ。俺任務の準備しなきゃ。じゃあな。俺がいない間、部隊の守りは任せたよ」
「はい。お気をつけて」
士官宿舎。自室。
「なあクリストフ。アヴァリティアに行くっつっても、何持ってく? お菓子か?」
「遠足かよ。俺は着替え持ってく。あと、護身用に短機関銃。こいつはコクピットにほったらかしにしてるヤツ持ってけば良いか」
「俺らみたいな『普通の兵隊』からしたら、パイロットって超人みたいなイメージあんだけど。お前だったら拳銃くらいで良くね?」
「二丁拳銃ならカッコ良くキメるぜ? わりとマジで」
両手で銃を形作り、硝煙を吹き消すジェスチャーをするクリストフ。
「……うーし。俺は終わったから寝るぜ。おやすみー」
そう言うや否や、アダムスは布団を被り、すぐにいびきをたてはじめた。
「(いびきがうるさいんだよな……)」
そのうち苦情が来るかもしれないと頭を抱えるクリストフ。
「(……ヨハンナの指導計画でも考えるか。俺、一応指導官だし)」
ぶっちゃけた話、彼女ほど完成されたパイロットに、何かを教える必要性は低い。むしろ他人からの指導で、彼女の組み立てた戦術理論や行動原理に水を差してしまう可能性すらある。
「(……俺に出来る事がねえ! 今から本人に聞きに行こうにも、もう夜遅いからな……)」
自室に入ればデリカシーを疑われるし、今から基地を走り回って探すのも骨が折れる。
「(寝よ。明日早いし)」
一しきり考えたのち、諦めて布団に入るクリストフ。わざわざ考え続けて、気づいたら寝てなかったというのは、絶対に避けねばならない。
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