14
「……眠れませんね」
とある日の夜、士官宿舎の一角。寝付けずにいたヨハンナは、部屋に戻る気にもなれずにいた。
はぁ、と息を吐くヨハンナ。手すりに寄りかかり、空を見上げていると、背後から何者かの気配を感じ取った。パイロットスーツの内ポケットから拳銃を取り出し、背後の闇に向け、語気を強めて警告する。
「誰ですか。侵入者なら、容赦はしません。しばらく待って応答が無かった場合、発砲します」
応答は無い。銃のセーフティを外し、引き金に指をかける。
「……そんな怖い声出さないでくれよ。俺だよ。俺」
詐欺のような言い草だが、ヨハンナは声の主が誰なのかすぐに理解した。
「先輩。こんな遅くに、何をなさっていたんですか?」
「整備場に詰めててさ。息抜き中。そっちは何なの? それと、その物騒なナニはしまっておくれ」
「あ、すみません」
謝罪を述べつつ銃をしまう。誰何のためと言えど、先輩に銃を向けてしまったのは、ヨハンナ的にはとても無礼な事だった。
「私は寝付けなかったので、少し……。先輩こそ、こんな夜中まで仕事をしていては、身体を壊しますよ?」
「整備兵に丸投げしてベッドにダイブしたいんだけど、謀ったみたいにレーザービットが狂いやがったんで、俺が出なきゃいけなくなったの」
「レーザービットは実験兵器だから、一般兵には情報が開示されていないんですよね?」
「その通り。ビットの詳細を知ってるのは、パイロットと少将以上の将校サマ、技術部のインテリどもだけだな」
他にも情報統制の敷かれたデータはあるが、ビットについてはトップシークレットだ。運用しているのは『資本主義連合』軍でもごく少数の部隊のみ。『社会主義同盟』や『宗教国家連邦』に至っては、運用されてすらいない。
「……先輩、コーヒー飲みますか?」
「飲む飲む。眠気覚ましときたいからね」
注文を受けたヨハンナは、自販機に硬貨を投入し、自分とクリストフの分のコーヒーを買った。手に持ってみると、中々熱い。
「……いやぁ、冷えた体に染み渡るよ」
「それ持ったまま整備場に行かないでくださいね。機器にこぼしたら悲惨な目に遭いますよ」
しばし無言の時間が流れる。沈黙を破ったのはクリストフだった。
「あの星のどれかに、父さんと母さんがいるのかね……?」
「いきなり何ですか? ポエムの練習ならあっちの方でどうぞ」
「いや、ポエムじゃないよ。父さんと母さんは死んでる」
あまりの軽さに、愕然とするヨハンナ。この人は両親の死を、こんなに平然と言ってのけるのか。
「事故死だった。俺が家で留守番していた時、不運にもトラックに横から吹っ飛ばされてさ」
「…………、」
「爺ちゃん婆ちゃんは俺が生まれてすぐに死んだから、結果的に俺は孤児院に引き取られた。『
「……そんな先輩が、何故軍に?」
普通に学校に通い、職を見つけ、およそ戦争とは無縁の生活だって出来たはずなのに。
「いつだかに軍のパイロット適性検査を受けたんだ。そしたら『A』判定を出しちゃってさ」
年に一度、全国民を対象に、パイロット適性検査が行われる。彼は『特に適性がある』と判断され、軍に入ったのだ。
「まあ、本心を言えば、金が欲しかったんだ」
「金?」
「俺のいた孤児院は……、あんまり上手く経営出来てる訳でもなかった。二十人くらいの朝昼晩のご飯と二回のおやつ。それに光熱費なり何なりを入れると、結構カツカツらしくてね。俺がパイロットになって仕送りすれば、ちょっとは楽になるかなあと」
実際『資本主義連合』軍では、そのような兵士は多い。
『親の医療費を稼ぐため』
『退役時の金目当てで』
『何でも良いから金が欲しい』
士官こそ裕福な家の者や、学のある者が多いが、最低辺の兵卒では、その日を生きるので精一杯の者、チンピラあがりの者、あまり裕福でない者などが多数を占めている。
「……両親が死んでしまったというのは、私も同じです。私の両親も、宗教テロに巻き込まれて……」
「宗教テロ? 過激派さん達、またやったのか」
「エルサレムでの事です。私はそこで両親を失い、軍に保護され、パイロットになりました」
「エルサレム? ヨハンナ、『資本主義連合』の出身じゃないの?」
はっと、口を滑らせた事を後悔するヨハンナ。しかし、彼女が後悔した時には、すでに手遅れだった。
「……先輩。その、ちょっとお耳を」
「何? 息を吹きかけるのは大歓迎だよ。むしろ美少女と密着出来るだけで俺は大満足……、待て。その変に前屈みなのやめて」
「先輩はデリカシーを学ぶべきかと。……それで、その、私は『資本主義連合』の出身ではありません。元は亡命者なのです。……『宗教国家連邦』からの」
「……初耳だ。何があったかは聞かないけど、波乱万丈の人生みたいだな」
「この事は誰にも言わないでください。『資本主義連合』軍の中に、『宗教国家連邦』軍のスパイが紛れている可能性も否定出来ませんから」
「オッケー。どうせ三日後には忘れてるから安心しなよ。女の子のメアドと顔とスリーサイズは何があっても忘れないけど」
比喩でも何でもなく、実際にヨハンナの全身の毛が逆立ち、顔が真っ赤に染まった。
普段滅多に感情を出さない彼女からすれば、かなりのレアケースだ。
クリストフがジョークのつもりでセクハラをかますのはいつもの事だし、その度に『制裁』を加えてきたヨハンナだが、今日はいつにも増して羞恥心が勝った。拳銃をクリストフの眉間に突きつけ、ゴミを見るような目で彼女は冷たく言い放った。
「次同じような事を言ったら、二度と口を聞けなくします。それでも良いのでしたら、どうぞ好きなだけセクハラかましてください」
さしものクリストフもタマが縮み上がった。
観念した彼は、極東の小国に古くから伝わる謝罪の儀式『ドゲーザ』を敢行する事となった。
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