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「大佐から許可、貰えた?」

コックピットに潜り、射出座席の整備をしていたヴァネッサが、ヨハンナに問いかける。

「ええ。二時間の制限付きですが」

「大佐から許可取った分、凄いことだよ。あの人の副官だって、何かの申請を通してもらえないって、嘆いてたもん」

「やはり、アルベルト大佐は頑迷な方ですか。……すいません。システムチェックをしますから、そちらに退いてもらえますか?」

「あ、ごめんね。はい」

ヴァネッサがコックピットから出て、入れ替わりでヨハンナが入る。

「……基本システムの起動を確認。戦術ソフトウェアの最適化終了。頭部バルカン砲のソースコード入力は手打ちで行います。主兵装の照準補正は自動に設定。副兵装については照準を手動照準、弾道、その他重力による弾丸のブレ補正は自動に設定。近接兵装は完全手動で操作します」

火器管制装置やセンサーの感度、各種波長のレーダー設定を、人間技とは思えないほどの速度でキーボードを叩き、細やかにセッティングしていく。

「なんかヘンテコな言語がゴチャゴチャ並んでる……。どれがどの兵装のコードなの?」

「一番上から八百行辺りまでが基本システム、そこから一七〇〇行が主兵装で、三五〇〇あたりまでハンドガンやバルカン砲の設定、近接兵装は完全に手動ですから、コード打ち込みは不要。火器管制は________」

「んああヨハンナ。分かったよ。私にはとっても難しい話だったな。パイロットの天才振りが恐ろしいよ」

頭を抱えてよろめくヴァネッサ。整備兵と言っても、機体の装甲板の張り替え、弾薬やその他兵装に応じた補給、足回りや機関部、コックピット周辺の整備が主な仕事で、『ストライダー』のプログラムや、火器管制系統のソフト的な修正は、パイロットに一任されている。

「ヴァネッサさん。戦車部隊と航空部隊から、いくらか標的用のものを出すようにお願いして来てください。レーダー類が正常に動作するかを試したいんです」

「んー。分かった。整備隊長から言うように言っとくよ。あっちは大佐と違って、結構フランクな人達だし」

「ありがとうございます」







「『ストライダー』の標的役か。時代遅れな俺達戦車部隊に珍しく依頼が来たと思ったら、なるほど。標的任務か」

「航空部隊の連中も、似たような事を言っていたよ。まあ、ヤツらは空を飛べるならって、喜んでたがね」

部下ヴァネッサから話を聞いた整備隊長の大尉は、(渋々と言った様子で)戦車部隊、航空部隊の面々に、話をつけて回っていた。

「……了解だ。新兵どもに、『怖がるなよ』と言っておくよ」

「戦車兵やその他一般兵にとって、『ストライダー』からロックされるのは、すなわち『死』だからな。新兵の気持ちも分かるよ」

戦車砲でも『ストライダー』の装甲に擦り傷程度なら傷をつけられるが、所詮そんな物だ。むしろ、砲撃出来れば上等なのだ。実戦なら、照準を合わせる前に、『ストライダー』側の攻撃で消し飛ばされるのがオチだ。






「『ショットシェルブレイカー』、出撃します」

エアクッション機関を吹かし、草原へと踊り出る『ショットシェルブレイカー』。

『ハロー。アルファーノ少尉。無線は聞こえるか?』

「ええ。聞こえています。試運転の協力、感謝します」

『二時間で一五〇ドルだ。良いか? びた一文もまけやしないぞ』

「『資本主義連合』は、兵器の試運転でもお金を取るのですか?」

『冗談。少尉、映画は観るか? 軍の新兵勧誘のPV制作の権利を巡って、映画会社が二億だ三億だって、札束で殴り合ってるらしいぞ』

カネが全ての『資本主義連合』では、映画制作の権利はともかく、土地、企業の支配権、兵器やスタジアムの命名権、果ては人間そのものまでオークションの対象になる。

「人間をオークションに……。摘発しないのですか?」

『よっぽどじゃないと摘発はされない。軍の高級将校も、『戦場での夜の相手探し』目的で、オークションに来てるって噂だが』

「………始めましょう。航空部隊も到着しましたし」

『ああ。何からやるんだ? レーダー? 射撃指揮装置?』

「では、火器管制レーダーを照射します。……照射開始。どうですか?」

『バッチリだ。こっちの警報装置もビービーなってる』

「航空部隊の方は?」

『ちょっと訓練をさせてくれ。『敵対空ミサイルにロックされた』って体で、フレアを撒くが、良いか?』

ヨハンナはレバーやボタンを動かし、巨大なショットガンを空へ向ける。

『おっと。ロックした挙句、引き金に指かけてるのか? 誤射はやめてくれ。俺ら航空部隊にとっちゃ、アンタの攻撃は、演習弾でも致命的なんだ』

最高でマッハ五や八の速度で飛ぶ砲弾は、複合装甲の航空機では耐えられない。

演習弾と言っても、『ストライダー』の演習弾は、実弾とほとんど変わらない。戦車や航空機、艦艇が砲弾を喰らえば、木っ端微塵になる。

『怖いね。ミサイルを騙せる事を祈ろうか……っ!!』

戦闘機のパイロットは、大量のフレアを撒きながら回避機動を行う。

ヨハンナも、『欺瞞兵装フレアに騙された』事を再現するため、航空機から照準を外した。今度はそれを戦車へ向ける。

『対戦車ヘリにロックされた。対空戦闘用意。……おい新兵。恋人の写真にキスするのは後だ。こいつは撃ってこないから安心しろ』

こっちではヨハンナは『対戦車ヘリ』のようだ。

「(レーダーも機影を捉えていますし、各種センサーも良好。……思わずして、部隊の皆さんと訓練を行う形になりましたが……)」

戦車の機関銃が火を噴く。演習弾である事を示す青インクが機体の装甲を汚していくが、仮にこれが実弾でも、機関銃弾程度では、装甲には傷一つつかない。

『敵対戦車ヘリ、撃墜!』

一瞬『あり得ない』と思うヨハンナだが、戦車部隊に華を持たせるため、黙っておく事にした。

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