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三年の月日が経った。

ヨハンナは十二歳となり、『宗教国家連邦』軍の、『ストライダー』パイロットとなっていた……のだが……、


『主任! 彼女の脳は、そこらの天才とは一線を画しています! やはり彼女は、『ストライダー』のパイロットに?』

『ああ。……なんだいベリーネア君。血相を変えて……。何? 電極の過剰放電で、候補生が危ない? 良い機会だ。彼女がパイロットに相応しいタフネスの持ち主か、試してみよう。電圧上げて________』


「________ああああっ!?」

ベッドから飛び上がるように体を起こしたヨハンナ。パジャマは汗でぐっしょりと濡れており、頭が強烈な痛みを発している。……心なしか、下着も濡れているようだった。




「……十二歳にもなって……」

やはり『そう』だった。情け無い気持ちと共に着衣を脱ぎ捨て、シャワールームへ入る。

鏡に映った自分の身体を見て、彼女は顔を歪める。

彼女の右肩から左脇にかけて、大きな傷跡があった。パイロット養成時の事故で負った傷だ。

他にも小さな切り傷や火傷の痕があり、それが彼女をトラウマに縛り付けている原因の一つでもあった。

「……いいえ。過去に囚われるのもいけません。私は『宗教国家連邦』の『ストライダー』パイロット。戦争の要として、皆を、神を信じる全ての同胞を導く使命が________」

ふと、ヨハンナは、背筋に悪寒が走るのを感じた。

「……導いて、どうなる……?」

『宗教国家連邦』。信じる者達の集団。

しかし実態は、『異教徒』として、他宗教や宗派の違う者達を排除し、時には内戦すら勃発する、大きくも脆い国家。

旧時代に『宗教戦争』と呼ばれた事を、何十年と続けている国家。

ヨハンナがシャワーを浴びている間にも、連邦のどこかで、誰かが血を流し、銃弾が飛び交っているのだろうか。

最近は戒律も守らず、神をも信じず、悪行に手を染める者もいる。

________私が守りたかったのは、そんな国じゃない。

「堕落した信仰なんかに、意味はありません」

金や利権が絡んでも、神を信じる分、『資本主義連合』の方がまだマシだ。

「________宗教を集めても、ろくな事がありません。……いっそ、亡命でもしましょうか」

『社会主義同盟』は、マルクス主義を掲げ、食料やその他娯楽品などは厳格に管理され、一般民衆は貧困に喘ぎ、何より宗教を否定している。『宗教国家連邦』と『社会主義同盟』は、完全な敵国同士。『宗教国家連邦』の人間、それも機密を多く抱えたヨハンナが亡命しても、『敵国人』の烙印を押され、乗機の『ヤハウェ』を技術解析された後、拷問や尋問、ヨハンナが女である事を考えると、『それ以上のこと』をされてもおかしくは無い。

対して『資本主義連合』は、極端な資本主義社会であるが、宗教を否定してはいない。

キリスト教や神道、仏教。数は少ないが、イスラム教やユダヤ教、儒教なども信仰され、『宗教国家連邦』との関係も、(多少の軍事的衝突はあるものの)概ね良好で、『金のために神を信じているが、神を信じる同胞』といった位置付けである。

技術解析は避けられないが、まだ宗教が信じられている分、『宗教国家連邦』の人間のヨハンナも馴染みやすいだろう。


「五日後の『資本主義連合』軍への軍事作戦。ここで、亡命を決行します」

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