惚れ薬にかかったのがエクスだったら
第1話
様々な想区を旅しながら想区に混沌をもたらすカオステラーの調律を行っている『空白の書』の持ち主たちがいる。彼ら、『調律の巫女一行』は、今日も混沌の気配に導かれ、また新たな想区へと招かれる――…。
「さあ、どういうことか説明してもらおうか」
「そうよ! 一体エクスに何をしたの?」
銀髪のガタイの良い青年、タオと、淡い金髪の品のある少女、レイナがこの想区で出会った妖精のパックに詰め寄る。その様子を見るからに、二人は相当怒っているようだ。
それもそのはず、この想区にたどり着いたと思ったら、息を吐く暇もなく妖精と人間の攻防に巻き込まれ、しかもこのパックが放った矢のせいで調律の巫女一行――いや、タオ・ファミリーの大事な一員、エクスが倒れてしまったのだ。幸いエクスは眠っているだけのようだが、タオやレイナが怒るのは無理もないことだろう。
「……私、エクスの様子を見てくるわ。けど、その妖精をボコるときは私も呼んで」
「おっけー、そのときはちゃんとお姫様にも知らせるね」
レイナは立ち上がり、少し離れたところに寝かせているエクスのもとへ向かった。
「……本当に、大丈夫なのかしら」
眠ったままのエクスの前髪をそっと撫で、レイナは呟く。そういえば以前にも呪いだかでエクスが倒れたことがあったのを思い出す。あの時のエクスは本当に苦しそうで見ていられなかった。その類ではないかと不安が頭をよぎる。
「う……ん」
エクスの声が聞こえ、慌てて髪を撫ぜていた手をどける。すると間もなく瞼が開き、赤紫色の瞳がレイナを見た。
「エクス! よかった、起きたのね!」
レイナがそう言うと、ファムたちが反応する。少し大きめの声だったので聞こえてしまったのだろう、とレイナは思う。
「エクス、大丈夫? どこか痛いところはない? 頭がぼうっとするとかは?」
「いや、大丈夫……。何ともないよ」
「そう、よかった。じゃあ私、タオたちにエクスが起きたって言ってくるわね。ふふ、あいつらも、すごく心配してたのよ」
そう言ってレイナが立ち上がり、タオたちの方へ振り向く。と、エクスが後ろからレイナの手を引っ張り、レイナはエクスの膝へしりもちをつく形で倒れこんだ。
「きゃ……っ」
短く叫び声を上げたレイナを、エクスが後ろから抱きしめる。レイナの淡い金髪に顔をうずめているのでエクスの表情は分からない。が、彼の膝にいるレイナの表情は分かりやすい。抱きしめられた瞬間、みるみる紅潮していった。
「えっ……なん――エクス、え?」
いきなりのエクスのいつもとは違う行動に驚き硬直するも、すぐ我に返りエクスから離れようと試みる。が、思っていたより彼の力は強く、全く離れさせてくれない。
「……っ、え、エクス! 離しなさい!」
「……もう少し、だけ」
普段聞かないような、甘えるような声が聞こえ、レイナの心臓が跳ねる。きっかけができてしまえばあとは簡単で、心臓の跳ねる速さはどんどん加速していく。速さとともに音も大きくなっていき、後ろのエクスに聞こえていないかと不安になる。
自分では気づかないふりをしていたが、もともとエクスには惹かれていた。彼の見た目とは裏腹な頑固さや、絶対に譲らない信念、それからどんな時も諦めない心の強さ。エクスの全てを、いつからか愛しく思うようになっていた。そんな彼からの甘い『お願い』に、脱力してしまう。
「……いや~、これ、どうするのが正解なんだろうね」
「姉御を助けようとも思いましたが、あのポンコツ姫、まんざらでもない……っていうかアレ、抵抗のうちに入るんですかね?」
「あ、それ私も思ったー。お姫様、絶対本気で抵抗してないよねー」
「あ、お嬢がこっち気付いたみたいだぞ」
ファム、タオ、シェイン、パックが見ていたことに気付いたレイナの顔が一瞬で真っ赤になった。大きな青い瞳に涙がたまっていく。
「みっ――見てるんなら早く助けなさいよ、ばかああああああ!」
調律の巫女、レイナ・フィーマン、魂の叫びであった。
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