第13話 招待されて恥ずかしい「桜を見る会」
「何か招待された功労者が、恥ずかしさにその事実を公表するのをためらってしまう残念な会になってしまったな。総理の花見会」
そう言い放ったのは剣橋高校教諭の横須賀貢だ。
「連日、国会で野党に追及されて全く説得力のない屁理屈だらけの弁明に四苦八苦しているが、安倍さんや菅さんは自分たちのお友達を必死に隠し立てする前に、人としてやらなきゃないことがあるはずなんだがね」
「総理や官房長官としてではなく、ですか?」
2年前まで横須賀貢の教え子だった小笠原広海。カウンターの中から聞き返した。
「最初に言ったろ。総理主催の『桜を見る会』は本来、学術・文化やスポーツ、芸能をはじめ各界で功績のあった人たちが招かれる歴史のある会のはずだろ」
「よばれることが名誉な会ですよね、先生」
横須賀の隣りに座った大宮幹太が皮肉たっぷりに言う。広海とクラスメートだった幹太も当然、横須賀の教え子だ。
「ここまで招待客に疑念が持たれると、『あっ、あの人、総理のお友達かしら? それともガースー枠の人? それとも昭恵夫人の方かな?』って勘ぐられてしまう。そんな政治家枠じゃなくてもな。俺なんか呼ばれなくて良かったよ」
「確かに。こういうご時世になると、御呼ばれされた方が肩身が狭いかも」
「自慢話的に一旦アップしたSNSを我先に削除してる総理枠や長官枠の人と違った理由で削除してるかも、だね」
広海も幹太も野次馬的に同情した。
「貢、もしお前さんに招待状が届くとしたら、間違いなくどっかの政治家のセンセー枠だな」
「キョーイチ、俺は学校の先生には“お友達”は多いが、少なくとも永田町のセンセーに“お友達”はいない。それに、仮定の話には答えられないな」
「安倍さんや菅さんの常套句だな、それ」
「ああ。前の文科大臣の下村博文さんや今の文科大臣の萩生田光一さんはじめ、安倍ファミリーの口癖でもある。自分たちは都合の悪い質問に答えないくせに、『一般論として』と予防線を張った上で慎重に答えるのも同じ。謝る時には決まって『もし誤解を与えらのなら』と仮定を前提に話すのにな。まあ、官邸の官僚が作る原稿を丸読みするだけだから、同じになるのも仕方がないがな」
あてこすりの会話を続けるキョーイチは、横須賀の悪友、渋川恭一。この喫茶店『じゃまあいいか』の店主だ。
2019年12月も第一週が過ぎた10日。2年ぶりの秋の臨時国会も昨日で終わったばかりだ。「桜を見る会」への追及を続ける野党の会期延長の求めを退けた政府・自民党が強引に閉じたというのが正しい。夕刻の『じゃまあいいか』は空いていた。
剣橋高校時代から広海や幹太が18歳選挙権の施行に合わせて同級生と始めた「渋川ゼミ」は早くも3年目の冬を迎えていた。きょうの発表者は、期末試験の採点を終えたばかりの横須賀。初めての担当だった。秋田千穂、志摩耕作、長崎愛香が揃って来店した。いずれも高校時代からのゼミ員だ。それぞれ、きょうの講義を切り上げて最寄りの駅で待ち合わせて来たらしい。遅れること5分。広海の学友の岬めぐみも息を弾ませてやって来た。横須賀とはこの店でも面識はあったが教え子ではない。名物先生の発表に興味津々だった。
「大体、揃ったわね」
と広海。残るメンバーは放送局のアナウンサー、長岡悠子だけだ。追っつけやって来ることになっている。
「じゃ、悠子さんを待つ間、キョーイチのコーヒーでもごちそうになるか」
「『でも』って言い草はなんだ。『でも』って。生憎だがキョーイチのは、さっきオレが自分で飲んだ。貢、お前には“キョーニ”のコーヒーを淹れてやる。覚悟しやがれ」
幼馴染みの二人は、いつでも“小6男子”に戻れる間柄だ。
「『覚悟しやがれ』って。いつの時代の人よ、マスター」
「いつの時代って、こう見えてオレはショーワだ」
「そんなの、分かってるから…」
「どっから見てもショーワにしか見えないッス、マスター」
いつもの成り行きにだんまりを決め込む広海と幹太に代わって、千穂と耕作がツッコミを入れた。千穂の隣りで両手で口を覆っためぐみがほくそ笑んでいる。
「偶然なんだけど私、歌作ったの。“桜を見る会”の。ほら、前に広海たちが路上活動で替え歌作ってたじゃない。高校の学園祭でも」
「あったわね。『恋するフォーチュンクッキー』とか『夢は夜開け』とか。大体、カンちゃんの思いつきなんだけどね」
「メグ、どんなの?、どんなの?」
興味津々の幹太に、めぐみはルーズリーフのページを広げた。
「ねえ、歌ってみてよ」
幹太のリクエストでめぐみは恥ずかしそうに歌い始めた。
政治家だったら 言葉は重い
花は桜木 人は武士
安倍が呼んだか 菅が呼んだか 山口会長
花のお江戸の 新宿御苑
おためごかしの おためごかしの 桜舞う
招待名簿は 見せたくないし
伏せておきたい ことばかり
悪い奴らと 悪い奴らと また悪巧み
ウソの言い訳 呆れるばかり
知らぬ存ぜぬ 知らぬ存ぜぬ しらを切る
人間 時には 曲がりもするが
曲がっちゃいけない 公僕よ
ウソがウソ呼ぶ ウソがウソ呼ぶ 高級官僚
霞が関の 官庁街で
胸に手を当て 胸に手を当て 己、見ろ
「なるほど、『銭形平次』か。BSでも再放送やってるし」
横須賀のコーヒーを淹れながら恭一が続ける。
「『安倍が呼んだか、菅が呼んだか』はいいな。詐欺まがい商法の元会長」
「元は何なんなの?」
「『誰が呼んだか 誰が呼んだか 銭形平次~』って部分よ」
「なるほど、なるほど」
めぐみの説明に広海が納得している。
「『花は桜木 人は武士』っていうのも皮肉が利いてる。大宮よりセンスあるな」
『どういう意味ですか、先生』
幹太の問いに横須賀が解説する。
「花の一番は桜で、桜はパッと咲いてパッと散る。士農工商の時代、人の一番の武士も死に際は桜のように潔くありたいものだ、という意味さ。一休禅師の言葉とされている」
「確か続きがありましたよね」
と耕作。
「『柱は檜、魚は鯛。小袖はモミジで、花はみよしの』と続くのよ。『みよしの』というのは吉野の桜のこと。桜ではじまって、桜で締める。そのセンスもオシャレでしょ」
いつの間にか駆けつけてやり取りを聞いていた悠子が腕を組んでいた。
「一休禅師は涙でネズミを描いていただけじゃないんですね」
「私なんか『この橋渡るべからず』しか、知らなかったわ」
「和尚さんのなぞかけに、橋の端でなく“堂々と真ん中”を歩いたのよね」
千穂と愛香も会話に参加してきた。
「『おためごかしの桜舞う』の『おためごかし』もオレの辞書にはない言葉だな」
「カンちゃん。そこ、自慢するところじゃないから」
広海がたしなめる。
「『おためごかし』はね、『一見ひとのためにするように見せかけて、実際は自分のためにすること』かな」
悠子の解説に千穂が頷いた。
「ピッタリよね。『桜を見る会』を主催した総理に」
「そして、どうせオレにはセンスないよ」
落ち込む幹太を広海が慰めた。
「メグは文学少女だから、語彙も豊富なのよ」
「だから、慰めになってないって。オレ、センスもないうえに語彙も少ないってことじゃん、ねぇ」
誰にともなく同意を求める幹太にみんな『うん、うん』と頷き、大笑いした。
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