第12話 説得力ゼロのトップの会見は違和感だらけ

 「どうやら関電をめぐるこの“疑惑”、このまま終わりそうにないんだ。開会したばかりの臨時国会でも追及されるだろうね。今国会は消費増税一色かと思ったけど」

「カンちゃん、ここ」

広海が指さした幹太の口元には、食べたばかりのアイスクリームが残っていた。幹太は表情を変えずに、右手の人差し指で唇を拭う。

「あれ、“進次郎大臣のセクシー発言”っていうか、改造内閣と二色じゃないの?」

ここぞとばかりに、メグ。

「それもあったけど、完全に吹っ飛ぶわね。森山元助役からの“怪しいカネ”、福井県の職員にも渡っていたんでしょ。国会議員にも顔が利いたって話だから、センテンス・スプリングとか忙しいんじゃないかな」

央司と示し合わせて、アイスの買い出し役をかって出ていた愛香もゼミに復帰した。


「国会は始まったばかりだから、置いといて。さっきの関電の話、まだ疑問があるんだよね。ほら、役員別の“裏金”リスト」

そう言って幹太はコピーしてきた新聞記事の一覧表を3枚配った。国税局の税務調査で発覚したこの7年間の内訳だ。

「一番もらっていたのは鈴木聡常務執行役員で1億2千万円強。次いで豊松秀己副社長の1億1千万円強。3番目に多いのは森中郁雄副社長で4千万円強。不思議なのは、八木誠会長が商品券や金貨など総額859万円分。岩根茂樹社長に至っては名前が公表された役員中、最低で金貨のみ150万円分なんだよね。これ、マジ? って思わない?」

「思う、思う。社長って言えば最高責任者でしょ。その最高責任者がたったの150万円分で一番少ないってどういうこと?」

案の定、最初に食いついたのは愛香だ。

「鈴木常務と豊松副社長は原発担当の役員だったらしいから、町とか建設会社と直接向き合う立場にいたんだよ」


「それでも普通、一番権限を持っているのは社長でしょ。何か変!」


「この一覧表が全てかどうかわからないから何とも言えないけどね」

耕作が意味深な発言をした。

「えっ、全てじゃないの?」

愛香の声が1オクターブ上がった。

「休憩前に幹太も言ってたけど、これは震災後のデータなんだよね。森山さんが高浜町の助役をしていたのは1970年代から80年代後半までだから、その頃すでに原発誘致に関わっていたはずなんだよね。だから、今の社長や会長も過去に“裏金”を受け取っていた可能性は否定できない、っていうか可能性は大だと思うんだよね」

「私もそう思う。今回だって原発関連の役員が一番金品の提供受けてるわけだし。職歴を調べるでしょ、マスコミが。税法上は“時効”なんだけどね。今発表されている金額だけ見ると、社長はバカ見てるわよね。変な話だけど、ないがしろにされているようで」

千穂は絶対“課長”と二人で「予習」しているわ。めぐみの脳裏に「家庭教師のト〇イ」のCMに登場するハイジを疑うクララの姿が浮かんだ。広海もきっと同じだろうな、と思ったが、口には出さなかった。

「150万円相当の金貨さえ受け取っていなければ、役員に『お前ら全員クビ!』って言えたのにね。時効分は棚に上げてさ」

メグの内心を分かっているのか、いないのか。愛香が言う。

「だから、おどおどして見えたのかな、社長さん。ん? ってことはあの猫背は“おどおど”ではなくて、怒りの“わなわな”だったのかな」

央司は彼なりの興味で関電の会見を分析した。

 「あのね、さっきの“課長”の話。八木会長の職歴なんだけど、2006年6月には、原子力事業本部代理に就いていて、2009年6月に原子力事業を統括する本部長兼副社長に就任していたの。そして翌年に社長に。『社長就任後は、森山氏とは一度も面会しておらず、金品も受け取っていない』と説明しているんだけど、これって、どう思う? “社長になる前は、森山さんと会っていた”って認めたも同然よね」

この時、めぐみは千穂の疑い深さはやっぱりクララそっくりだ、と確信した。その美人の部分も含めて。



「あのさ、少し論点変えてもいい?」

と千穂。誰も反対しない。

「10月2日の記者会見ね、『森山氏の恫喝に逆らえなかった』旨の“言い訳”に終始したじゃない。社会的にも道徳的にも“いかがわしい”お金であり、マスコミは“グレー”と言うかもしれないけど、私に言わせれば『明らかに“クロ”』なんだけど」

「これって、いわゆる原発マネーじゃなくてさ、高濃度の原発汚染だよね」

「ウマいこと言ったと思ってんだろ、カンタ」

いい得て妙だと感心しながら、素直になれない央司だった。

千穂が続ける。

「ヤツらさ、『金品の原資が何か分からなかった』と言ってるけど、説得力はゼロよね。『儀礼的なモノ以外は返却した』とも弁明してるけど、1着50万円分のスーツの仕立券を「儀礼」で受け取る感覚からして世間離れし過ぎよ。海外の高級ブランドだって、20万とか30万あれば十分でしょ。下世話な想像だけど、数万円でスーツを作った残りは現金化して懐に入れていたものと思うの。違いますか、会長」

一気にまくし立てて、ミネラルウォーターのペットボトルを口にした千穂に目をやりながらめぐみが呟く。

「この問題への感想を求められた経団連の会長は『友達を悪く言えない』と答えたのも、ビックリよね。何とも思ってないのかな。まあ、「お友達」を庇うのは、安倍首相が加計学園の加計孝太郎理事長を庇うのと同じ感覚よね。


今度は愛香の番だ。

「大体、“裏金”を渡す側が恫喝するって変でしょ。悪代官の昔から、「裏金」を要求する側が脅すのが普通よね。「頼むから、もらってくれ。この裏金」ってどう考えても不自然。無理矢理、納得できる筋書きは、渡す側が「これで、お前も共犯な。同じ穴の狢。(生きるも死ぬも)一蓮托生な」という言わば“口止め料”。「森山氏が自己顕示欲を満足させるため」っていう関電側の書いた台本はどうにもお粗末過ぎじゃない?」


 森山氏は八木氏に対しお中元、お歳暮のほか、年に1、2回、面会のたびに金品を提供。八木氏は「常識を超えるような金品だった」と話し、「受け取りを断ると、激高された」と説明。金品は社内に置かず、大阪府内の自宅で保管していたという。


「関電社内では森山さん、「M」と呼ばれていたらしいぜ。オレの中では「M」の頭文字で呼ばれる人物は映画の「007」シリーズで英国の諜報部のトップくらい。森山さんを「主役」に持ち上げての年始会や花見会、誕生日会を催すってさ、“お前はバカか”」

央司が声を大にして言い放った。


「ねえ、ねえ。国税局の税務調査がなかったら関電幹部はどう対応したのかな? 片方の当事者が亡くなっているわけだし、日産のゴーン元会長のような電撃逮捕と違うから、幹部同士が対策を練るのに十分な時間があったでしょ。だから「コメント」の信用性なんかないし」

「まあ、これで幕引きになるわけないから、まずは国会議員のお手並み拝見といきますか」

広海の疑問にそう答えると、ブルーシートの上で胡坐を組んでいた耕作が立ち上がった。



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