第11話 “死人に口なし”を地で行く関西電力

  「みんな知ってるように、関西電力の会長をはじめとする幹部役員らに原発誘致の福井県高浜町の元助役から総額3億2千万円もの金品が「還流」していたことが明らかになったけど、幹部の会見呆れなかった? 『またか』というのが正直な印象だよな」

幹太が口火を切った。


『個人的なことなのでコメントしない』

「これは取材陣を振り切って黒塗りの専用車に乗り込む際の会長の言葉。オレ、あの場にいたらさ、会長が乗り込んだ後部のドアに足突っ込んだね。間違いなく」

かなりカチンときたらしく、幹太が続ける。

「おいおい。どこが個人的なことだよ。あんたらが関電のトップの立場にいなかったら、誰が“袖の下”渡すかよ。逃げんな、コラ!、ってね」

「とても袖の下から出せる金額じゃないのにね。でも、記者も記者よね。進次郎大臣に言葉を詰まらせた外国人記者とは雲泥の差だわ』

タイミングのいい千穂の言葉に、幹太も少し落ち着いた。


「『いったんお預かりして、返せるときに返そうと思った判断を続けてきた。一時的に受け取ったものだった』って、何とでも言えるよね。国税局の調査がなければ、きっと「時効」までダンマリを続けていたわ。あの人たち。6年も7年の年月が“一時的”というらしい。関西電力では。一般家庭が僅か1、2か月電気料金を滞納したら即、電気止められてしまうのに」

メグも経営陣の言葉尻を逃さない。

「『一部、もしくは全部を返還』って何? 一部なの? 全部なの? 意味分かんないんだけど…」

幹太が持ってきた新聞記事の切り抜きを見ながら、広海も感じた不満を口にした。


「『既に社長を含め報酬の返上を行った。処分内容の詳細は差し控える』『関係者や社会の皆様に多大なご心配をお掛けし…』って、記者会見で、背中を丸めて原稿を読み上げてた社長の岩根さん、なんかおどおどしてて、とても大企業のトップには見えなかったね」

耕作が振り返るのは2日の記者会見。

「勘弁しろよな。誰も“ご心配”なんてしてないって。ただ怒っているだけで」

幹太の減らず口が止まらない。

「経済産業大臣も『事実だとすれば、極めて言語道断』って、何にも怒ってないの。金沢国税局が税務調査で指摘して関電も修正申告済みなんだから、事実じゃんね。仮定の話じゃなくて。呑気が過ぎるわね、この大臣。ナントカ イッシュウさんだっけ?」

関電幹部の発言を批判する幹太に乗っかる広海。

「菅原一秀。『25歳過ぎたら女じゃない』とか『子供産んだら女じゃない』とかセクハラかつマタハラの差別発言した人。所詮、官僚の原稿、棒読みなんだよね」

幹太が広海の質問に答えると、すかさず央司が“食い”ついた。

「一秀じゃなくて、一蹴じゃね。オレらに蹴飛ばされてさ」

聞こえてないのか、幹太は続けた。

「『地元の有力者で、さまざまにお世話になっている。金品の返還を申し出たが、厳しい態度で拒まれた。関係悪化をおそれ、返せなかった』だってさ。で『これらの金品は一時的に受け取ったものだった』って。森山さんが亡くなっているからって身勝手もいいところ。こういうの、“死人に口なし”って言うんだよ」

「“死人に口なし”って、時代劇の悪代官や私腹を肥やす大目付のセリフでしか聞いたことがないな。大体、去年までの7年間ずっとだぜ。2012年から2018年まで。東日本大震災で福島第一原発の事故の翌年から。何かきな臭いな」

ダジャレをスルーされた央司もマジな議論に参加を決めたようだ。


「ニュースだと、『原発関連の工事を請け負う地元の建設会社から受注に絡む手数料を受け取り、この一部を関電の経営幹部に渡していたことが税務調査で判明した』って話だけど、建設会社って受注に絡んで役場に手数料払うもの?」

「それは誤解。森山さんが元助役って報道されてるから勘違いしがちだけど、助役やってたのは30年も前の話。問題になってるのは、助役辞めてから。関電から工事を請け負っていた吉田開発って建設会社の顧問時代の話。原発の安全対策関連工事で大手ゼネコンの下請けからその会社に落ちたお金はだんだん増えて、直近では最初の頃の6倍もあったらしい」

メグの疑問には耕作が丁寧に答えた。

「きっと最初は周りの目を気にしながら恐る恐るだったけど、疑われる様子がないから発注金額を増やした、っていうのがコーちゃ、じゃなくて“課長”の見立て」

火照った頬を両手で仰ぐ千穂の仕草に、みんな気づいてはいたがニヤニヤしているだけ。

「役場にも建設会社にも顔が利くから、関電は森山さんを“持ち上げていた”わけ」

「結果的にバックマージンもくれるしな」

「バックマージンかどうかは、これからの話だけどな」

「正確にはね。でも、みんながみんな疑ってる。関電の幹部も認めてるし。だってそうだろ。“裏金”じゃなかったら“一時預かっていただけ”なんて苦しい言い訳しなくてもいいわけで」

慎重な幹太に央司が食いついた。

 「これって基本、“東日本大震災特需”。大震災で福島の原発水素爆発が起きたから、国内の他の原発も新たな安全対策を強いられた。で、原子炉の建屋とか防潮堤などの津波対策に各電力会社は対応を迫られたんで、建設業界に仕事が増えたわけ。被災地の復興が進まなかった裏で、東京電力に次ぐ規模の大きい関西電力がこうした問題を抱えながら再稼働に向けて動いていた、って何だかなぁって思っちゃうよな」

「これじゃ官邸も経産省もカンカンよね」

耕作の言葉に納得顔の千穂。

「自分たちには“裏金”、回ってこなかったから?」

「相変わらずブラックだな、広海は。ちょっと休憩しない?」

央司はそう言うと、クーラーボックスに手を伸ばした。

 

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