カサブランカのせい


 ~ 十二月二十一日(金) 蒼玉 ~


   カサブランカの花言葉 高貴



 終業式を終えて、浮かれ気分の下校路に。

 いつものように、笑顔でゴミを拾う女性の後姿。


 あの、線の細い美人さんは。

 晴花はるかさんなのです。


 そんなお姿を見るなり駆け出して。

 カバンから、自前のトングとゴミ袋を引っ張り出したのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。

 そこに、高貴な白さを誇るカサブランカを挿しています。


「こんにちはなの。あたしもお手伝いするの」

「あら、こんにちは。でも、真っすぐお家に帰らないとダメよ?」

「そうおっしゃらずに。お手伝いさせてほしいのです」


 仕方のない子たちねえと。

 優しく微笑んでくれる晴花さん。


 ここのところの嘘つきお姉さんと違って。

 ほんものの、お姉さんの魅力でいっぱいな方なのです。


 そんな思いがバレたのか。

 穂咲はちょっとだけむすっとしながら。


 晴花さんをちらちらと観察しながらゴミを拾うのですが。


「穂咲ちゃん、なあに?」


 このお姉さんには。

 バレバレだったりするのです。


「……晴花さんは、お姉さんの日本代表選手なの」

「え? それは、どういう意味?」

「しっかりしてて、綺麗で優しいの」

「そ、そんなこと無いと思うわよ? 結構おっちょこちょいだし……」


 慌てて否定なさっていますけど。

 さすがは引っ込み思案の晴花さん。

 ご謙遜なのです。


「それにしても……、道路、汚れるもんですね」


 空き缶に、お菓子の包み。

 雑誌に、携帯のカバーまで落ちていますが。


「これ、うちの生徒が汚しているんですよね?」


 身の回りで、そんなことをしそうな人はいないけど。

 

 一部の学生の悪さで。

 全員がだらしないように見えるものです。


「うちの生徒が汚したんだから、あたし達が掃除すればいいの」

「まあ、そうなのですが。納得がいかないというか……」

「ふふっ。穂咲ちゃんは大人ね。道久君も見習わないと」

「はあ」


 頑張る穂咲を褒めて下さって。

 嬉しいことは嬉しいのですが。


 こいつが調子に乗るので。

 手加減してください。


「あたし、もっとお姉さんになるの! 何をすればいいの?」

「そうねえ…………、なら、今夜は集合時間の五分前には来てること!」


 それ、たまあに聞きますが。

 ちょっとくらい遅れても。

 携帯があれば平気と思ってしまいがちですが。


「やっぱり遅刻はダメなのです?」

「当然よ? 時間は、人によってはどれだけお金を払ってでも買いたいものなの」


 ううむ、ちょっと難しいのですが。

 遅刻をしていない人は。

 遅刻をした人より、時間を損したという意味なのでしょうか。


 真面目に首を傾げた俺を見て。

 晴花さんが話題を変えてくれました。


「道久君には、お姉さんってどんなイメージ?」

「高貴な感じがあるのに親しみやすい人」

「まるで晴花さんみたいなの」

「そうですね。少なくとも、君の頓狂なお姉さんらしさとは違う感じなのです」


 なるほどと、一つ頷いた穂咲さん。

 なにやら考え始めましたけど。


「じゃあ、あたしが頑張って勝つのは無理だから、晴花さんを引き下げることで勝つの」

「なんでそんな話になりました?」

「え? え? え?」


 急に勝負を挑まれて困惑なさる晴花さんですが。

 穂咲が変なことを言い出したら。

 厳重注意なのです。


「じゃあ、晴花さん、子供っぽいところを言うの」

「え? どうすれば?」

「えっと、例えば子供っぽい趣味とか無いの?」


 ぎくりとする晴花さんを。

 しめしめと見つめる穂咲ですが。


 そう言えば。

 晴花さんのプライベートは意外と把握していないのです。


「晴花さん、今、ぎくりとしたやつを正直にお答えください!」

「え? え? ……こ、紅茶のティーカップ集めるのが好きで、しょっちゅう怒られています……」


 ん?


「それは高貴なご趣味です」

「え? ウソよね?」

「高貴なの」

「そうなの!? 子供っぽいと思ってたのに……」


 ちょっと嬉しそうな晴花さんですが。

 穂咲はむむむと悔しそうに唸ります。


「じゃあ、スキーは得意なの?」


 またまたぎくりとされていますが。


「ス、スノボの話じゃダメ?」

「ダメなのです! 今、ぎくりとされたのを正直にお答えください!」

「実は、リフトから降りる時、お尻ついてそのまますべり降りちゃうの」

「それは高貴です」

「高貴なの」

「え? え? え?」


 なんだか困惑されているようですが。

 穂咲にも俺にも。

 子供っぽくは感じられません。


「むう! なら、ミートソーススパゲッティー食べたら?」

「穂咲ちゃん超能力者なの!? なんでさっきからあたしのダメな所ばっかり!」

「今度こそ本当でしょうね? では、お答えください!」

「うう……。紙ナプキンで拭いたら、びっくりするほど真っ赤になる方です。慌てて折って隠しちゃうの……」

「高貴」

「悔しいけど完敗なの」


 逆にしょぼくれてしまった穂咲を。

 きょとんと見つめる晴花さんなのですが。


「ど、どういう事かな? 私には、どれもこれも子供っぽく感じるけど……」


 そんなことを言われて。

 はたと気付きました。


「穂咲。今気づいたのですが。高貴なイメージの晴花さんが何をやっても、高貴に見えるのでは?」


 がーん!


「ほ、ほんとなの。じゃああたしが、紙ナプキンで口を拭いたら?」

「その前の真っ赤っかを見て、ガキンチョだと思ってしまいます」


 がーん!


 とうとう膝をついた穂咲ですが。

 なにくそと、気合を入れて立ち上がります。


「今夜っからの旅行で、名誉を返上するの!」

「名誉は返上しないでください。そういうところがガキンチョです」


 がーん!


「…………道久君?」

「はい? なんです、晴花さん」

「頑張ろうとする人をけなすなんて。ガキンチョのすることです!」


 がーん!



 こうして、穂咲共々。

 集合時刻の十五分前には駅前に立っていました。



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