ビオラのせい


 ~ 十二月十八日(火) 菫青 ~


   ビオラの花言葉 小さな愛



 いよいよ二学期も終わりに近付いて。

 授業中でも、気もそぞろ。


 おかげで何度も廊下に立たされましたが。

 週末の極端な寒さも和らいでいたので廊下も気持ちよかったのです。


「だらしないの」

「ですよね」


 叱られました。



 ここのところお姉さんモードのこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はお姉さん風ハーフアップにして。

 そこに小さくて可愛らしいビオラをたくさん活けているのですが。


 色とりどりのお花畑が。

 子供っぽく見えるのです。



「今日こそ旅行グッズ見に行くの」

「そうですね」


 学校から駅までの下校路も。

 淡い灰色に包まれ始めましたけど。


 お隣りには赤いほっぺたと。

 カラフルなビオラのお花。


 今年の冬は。

 なんだか華やかに感じます。


 週末に控えたスキー旅行。

 晴花はるかさんも参加をOKしてくれて。

 保護者がいると、なんだか安心ですが。

 ご迷惑をおかけしないようにしないと。


 渡さんも宇佐美さんもいるとは言え。

 俺もしゃんとしなければ。

 まずは旅行の準備から。

 しっかり買い物しておきましょう。


「あれ? 香澄ちゃんなの」

「ん? ……ほんとだ。宇佐美さんと日向さんも一緒じゃないですか」


 この組み合わせ。

 どう見ても旅行の準備のようです。


 声をかけようと思ったのですが。

 なにやら様子がおかしいのです。


「どうしたのです?」

「ああ、秋山。それがね……」


 駅前の賑やかなエリアへ入る少し手前。

 小さなスーパーの入り口で。


 お腹に大きなお財布を抱えた。

 小さな男の子が俺を見上げます。


「ええと、この子、迷子とか?」

「それがね、買いたいものが分からないみたいなのよ」

「お使いなのですか」

「それが、そうでもないみたいで……」


 要領を得ない渡さんの説明です。

 仕方がない。

 俺が聞いてみましょう。


「僕は、何を買いに来たのです?」


 そんな問いかけに。

 鼻を垂らしながら元気なお返事をくれたのですが。


「ママに、かわないと! ごほうび!」

「ご褒美? 食べ物なのです?」


 ありゃりゃ。

 首を捻っちゃいました。


 そんな男の子の。

 鼻を拭いてあげた穂咲さん。


 お姉さんモードで俺をたしなめます。


「ダメな道久君なの。さ、お店に入るの」


 男の子の手を引いて。

 お店に入っちゃいました。


 ひかりちゃんと同い年くらいでしょうか。

 そんな小さな男の子は。


 何度も穂咲に鼻を拭いてもらいながら。

 真っ赤なほっぺに大きなお目々で。

 高い高い商品棚を見上げて歩きます。


 お財布を、お腹にぎゅっと持っていたのに。

 お菓子の棚に到着すると。

 それを床に置いてしまいました。


 穂咲はそれを拾って。

 代わりに持ってあげるではなく。


 無くなってるとびっくりしちゃうからと。

 男の子の手に握らせます。


「お菓子、触らないのですね。いい子なのです」


 俺が褒めてあげると。

 男の子は元気に答えます。


「さわったら、おみせやさんのだから、だめなんだよ?」

「そうなのですね。教えてくれてありがとうなのです」


 きっと素敵なお母様なのでしょう。

 しっかりした子なのです。


「それにしても、なにを買いにきたっしょ」

「……そうだな。穂咲は分かるの?」


 日向さんと宇佐美さんの問いかけに。


「分かるわけ無いの」


 飄々と答える穂咲ですが。

 そんな返事に。

 俺達は思わず顔を見合わせます。


 そして渡さんが、呆れたとばかりに言うのですが。


「それが分からなきゃ、意味無くない?」


 穂咲はきょとんとしながら説明してくれました。


「だって、この子が買いに来たのはママへのご褒美なの」

「確かにそう言ってたけど……」

「なら、いつもならこの子が選んで、高く無ければ買ってもらってるものなの。あたしに分かるわけ無いの」


 ん?


「すいません穂咲。君が何を言っているのかいまいちわからないのです」


 いやいや。

 やれやれという顔でため息をつかれましても。


 こっちチーム、全員同じ意見よ?


「じゃあ教えたげるの。……ねえ、ママは、何をしたらご褒美くれるの?」


 穂咲が男の子に問いかけると。

 鼻をずずっとさせた男の子が。

 穂咲のスカートを握りながら教えてくれました。


「お鼻のびょういん。いたいのが、がまんできたらつよいこだから、おやすいおかしならごほうび」

「じゃあ今日は、ママが病院に行ったの?」

「うん。だからかわなきゃ」


 そこまで聞くと。

 穂咲は男の子を抱っこして。

 店内をゆっくり歩き始めます。


 さすがに今ので理解できましたが。

 相変わらず、子供の気持ちを理解する達人ですね、君は。


 この子が最初にご褒美と口にしたことで。

 習慣になるほどの頻度でご褒美を貰っていることを把握して。


 お母さんが同じことをしたから。

 この子がご褒美を買いに来たと理解できるなんて。


 ちょっと前、迷探偵なんて呼んでましたけど。

 相手が子供の場合。

 君は名探偵なのです。


「ママは何が好きかな~」


 抱っこしながら、男の子の鼻をかんであげる穂咲に。

 みんなで笑顔になって付いていくと。


 男の子はお財布をぽとりと落として。

 ポタージュスープの粉末が入った箱を手にします。


「これ!」

「どうしてなの?」

「あさのしあわせ~だから!」


 やれやれ。

 朝でもないのに。


 君のニコニコ顔を見ていたら。

 俺達が幸せ~になりました。



 ~🌹~🌹~🌹~



 家の前で寝間着にコートを羽織って。

 ふらふらと辺りを探していたお母さん。


 風邪で病院に行かれたのでしょう。

 男の子を見ると安堵されたのか膝をついて。

 コンビニの袋を引きずりながら駆け寄る子を抱きしめます。


 そしてどこへ行ってたのと叱るのを。

 俺達が説明してあげると。


 男の子と同じように。

 鼻をすすりながら言いました。


「ママはご褒美いらないのよ? 強いから平気なの」

「じゃあ、ぼくもびょういんでも、いらない!」

「ほんと?」

「ぼく、つよいからね!」



 きっと明日の、朝の幸せ~は。

 いつもより、もっと幸せ~になることでしょうね。

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