ツワブキのせい


 ~ 十二月十七日(月) 曹灰硼 ~


   ツワブキの花言葉 先を見通す能力



 学校帰りの電車内。

 席が一つ空いたので、座らせてあげたのは。


「道久君、足を捻ったって言ってなかった? いいの?」

「君はご存じないのかもしれませんが、俺はこう見えて、立っているのが好きなのです」


 先週末の不機嫌を、多分意識して引っ込めてくれている藍川あいかわ穂咲ほさき

 理由はよく分かりませんが。

 助かります。


 正面には黄色い清楚なツワブキがひと房。

 頭の上のお団子に楽しそうに揺れています。


 寒くなったので窓は白く霞んでいますので。

 今日はちゃんと目を見てお話です。


「香澄ちゃんたちOKだって」

「良かったのです。では、あと一人ですね。どなたを誘いましょう」


 四人部屋と二人部屋。

 四人部屋には五人までOKとのことなので、女性をもう一人。

 冬休みの旅行計画が着々と進みます。


「帰ったら早速スキーウェア引っ張り出すの」

「中学の時のですよね? 入るのですか?」

「それを見越して、ダイエットしてたの」


 そんな馬鹿な。

 でも。

 余計なことを言わないようにしましょう。


 あと。

 旅行先でスキーウェアをレンタルする時も。

 そばにいないようにしないといけませんね。


「そうだ。穂咲、忘れてませんか?」

「何をなの?」

「カンナさんに言われて、ワンコ・バーガーへトマトを買って持っていくのでしょうに」

「…………はっ!?」


 はっ!? じゃありません。

 どうして君は楽しいことに夢中になると。

 他の物が見えなくなるのです。


「まったく……。ワンコ・バーガーへ行くなら、晴花はるかさんでも誘います?」

「それ! 採用!」

「採用! で気づきましたが。採用試験で忙しくしていなければ、ですけどね」


 それは当然とばかりに頷いた穂咲さん。


 にこにこと可愛らしいタレ目を細めて。

 そわそわと携帯や財布をいじって。

 うきうきと体を揺すって。

 もぐもぐとグミを食べ始めて。


 ……レンタルウェア、決定なのです。


「しかし旅費も宿代も食費までタダなんて。父ちゃんが目を丸くしていたのですが」


 トータルで、十数万円はするって言ってましたけど。


「それに、クリスマス旅行ってこんな直前に予約取れるものなのです?」

「カンナさんと北海道行ったの聞いて、ためしにダリアさんに聞いてみたの。そしたらこうなることを見越して、夏の内にまーくんが既に手配しといてくれたって」


 そんな馬鹿な。

 きっと適当な冗談だと思いますが。


 もし本当なら。

 先を見通す能力が凄いのです。


 それにしても。


「宿とスキー場の写真を撮るだけでタダなんて。助かりますね」

「そんかわり、一人五百枚がノルマなの」

「確かに大変ですが、安いものです」


 どうやらまーくんの会社で建てたスキー宿のパンフレットを作ることになったらしく。


 そんな宿やスキー場の写真を撮る代わりに。

 交通費や宿代、朝食と夕食まで準備してくれるそうなのですが。


「なんてスキー場なの?」

「トマムってとこです」

「…………はっ!?」

「はっ!? じゃありません」


 君。

 ワンコ・バーガーへトマト買って持っていくの忘れてましたね?


「忘れてないの」

「ウソをつきなさんな」

「どんなお宿か聞いてるの?」

「いい所らしいですよ?」


 できてから二シーズン目だそうですし。


「のんびりした宿だと良いの」

「三泊でしたよね。たっぷり楽しめますね」

「お泊り楽しみなの。そうだ、この後旅行グッズ買いに行く?」

「…………忘れてますね?」

「何をなの?」


 こいつ。


「……おトマり」

「…………はっ!?」

「はっ!? じゃありません。もうトマトは忘れないように」

「忘れてないの。でも、旅行となると雑貨が必要なの。小さい歯磨きセットが好きなの。あれ可愛いの」


 電車が止まって、冬の空気が電車に乗り込んで来ると。

 穂咲はその子に席を譲ってホームへ出ます。


 そして、夢中になりながら旅行グッズの素晴らしさを語り続けて。

 どう見ても雑貨屋の方へ向かうのですが。


「穂咲さん? 忘れていませんか?」

「え? あたし、何か忘れてる?」

「……ごメイトウ」

「…………はっ!?」



 やれやれ。


 …………。

 …………。

 …………。


「時計塔」

「…………はっ!?」

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